HOME50音表午後の映画室 TOP




愛の嵐


1973年  イタリア/アメリカ  117分

監督
リリアーナ・カヴァーニ

出演
ダーク・ボガード
シャーロット・ランプリング
ガブリエレ・フェルゼッティ
フィリップ・ルロワ
イザ・ミランダ

   Story
 元ナチスの将校とかつて彼に性の玩具とされたユダヤ人女性との世紀末的な愛を、 退廃と耽美、そしてエロティシズムあふれる映像で描き出したリリアーナ・カヴァーニの代表作。

 第2次世界大戦後の1957年、冬のウィーン。
 小さなホテルで夜勤のフロント係りをしているマックス(ダーク・ボガード)は、元ナチスの将校だった。

 ある日、宿泊客として訪れた有名な若手指揮者の妻ルチア(シャーロット・ランプリング)を見て、マックスは息を飲む。 かつて強制収容所勤務の頃、マックスは性の慰みものとして彼女を弄んだのだ。

 過去を告発されることを怖れるマックス、過去への恐怖から逃れられないルチア。
 しかし、強制収容所での倒錯した愛が忘れられない2人の再会は、あらたな悲劇の始まりとなる・・・。


   Review
 雨に濡れた街路を、傘をさした男が一人行く。グレーブルーに染められた美しいけれどどこか冷たい色調の画面の中に、端正な男の姿がしっくりと納まる。

 男が大きな建物の前を通り過ぎる。古都ウィーンの面影を宿す優美な佇まい、でも建物の左上が歪んで見えて、何ともしれぬ不安な気持ちになる。
 男が小さなホテルに入ってゆく。宿泊客か、と思ったら彼はこのホテルのしがない夜勤フロント係りなのだ。

 美しく冷ややかでなにか歪んだ感じがする冒頭の一連のシーンは、この映画のエッセンスが凝縮されているようで、とても印象的だ。


 やがて客が到着しはじめる。その中の一人の女性に気づいた男は、一瞬、狼狽し、そして振り向いた時にはもう平静そのもの。 澄ましたその顔に彼のしたたかさが垣間見える。

 一方、若手指揮者夫人のその女性が男の顔を認識した時の表情は対照的だ。 唇に微笑を残したまま大きく目を見開き、信じられないものを見たというように目を宙に泳がせる。

 グリーンがかった瞳の奥が恐怖で凍りついているのが分かる。 ヴィスコンティ監督はかつてシャーロット・ランプリングに「その眼だけでスターになれる」といったそうだけど、それほどインパクトがある。
 こうして、かつてナチス親衛隊員として収容所勤務をしていた男と、そこで性の玩具として彼に弄ばれた少女が、運命的な再会をするのだ。

 『遥かなる帰郷』(96) の原作者プリーモ・レーヴィが、1987年に自殺していたことを知った時、私は少なからぬショックを受けた。 アウシュビッツから奇跡的に生還したというのに・・・、それから40年も経っているというのに、なぜ今になって・・・、と思ったのだ。

 極限の残酷さを体験した人は、その記憶が心と身体に深く刻印され、その呪縛から解放されることは出来ないのだ ろうか、と胸苦しい思いになる。

 本作のヒロイン、ルチアは回転ブランコが射撃遊びの標的になり、全裸で部屋の中で逃げ回るのを狙い撃ちされ、生命を弄ばれただけでなく、性の餌食にされた。 絶対的な権力を持つ相手には従うしかなく、そうすることで生き延びた。

 そんな体験の後では、平穏な暮らしに戻れないのは当然かもしれない。 ルチアは再会直後こそ、マックスを怖れ、避けていたのに、その後は自ら引きずり込まれるように、かつての愛欲に溺れこんでいく。

 ルチアが将校たちの前で上半身が裸の軍服姿で歌うシーンがあまりに衝撃的で、その後をすっかり忘れていたけれど、 再見して、マックスがその褒美としてルチアに与えるものが何なのかにギョッとさせられた。

 オスカー・ワイルドの戯曲「サロメ」を連想させるプレゼント。ここには彼の精神の荒廃が見事に浮き彫りにされている。 ナチの頽廃をこんな風に切り取った映画はほかにあっただろうか、とさえ思ってしまう。

 ナチの制服を身にまとったマックスと、収容所時代を思い起こさせる粗末なワンピースを着たルチアが、鉄橋上で銃弾の響きとともに音もなく倒れるラストシーン。 2人はこんな形で過去の呪縛からの解放を拒否したのだろうか。抒情性さえ漂う結末に深い溜息が出た。
  【◎△×】8

▲「上に戻る」



inserted by FC2 system