Story 50歳で若年性アルツハイマーと診断された女性の日々記憶が薄れゆく苦悩と葛藤、そして家族の絆を描いたヒューマン・ドラマ。 アリスを演じたジュリアン・ムーアはアカデミー主演女優賞をはじめ数々の映画賞を席巻した。 名門大学で教鞭をとる50歳の言語学者アリス(ジュリアン・ムーア)は、医学を研究する夫ジョン(アレック・ボールドウィン)と3人の子供に恵まれ、 充実した日々を送っている。 しかし、講演中に単語が出てこなくなったり、大学キャンパス内をジョギングしていてどこにいるのか分からなくなったり、という事態が起こるようになる。 医者の診断は若年性アルツハイマー病だった。 家族に支えられながらも、徐々に記憶が薄れていく中で、アリスはパソコンの中に末期になった時の自分に向けてあるメッセージを残すのだが・・・。 Review もう20年くらい前だろうか、勤め帰りに、バス停が同じなので間違えていることに気づかず、違う路線のバスに乗ってしまったことがある。 疲れていて、そのまま眠り込んでしまった。 もうそろそろかな、と目を覚まして窓外を流れる町並みに目をやった。見たことのない景色・・・。 ぼんやりした頭のままで、懸命に、記憶を呼び戻そうとするけれど、どうも違う。 大急ぎでバスを降り、紫色に染まった夕暮れの住宅街を歩いた時の心細さは忘れがたい。 自分がどこにいるのか分からない・・・、宙ぶらりんに浮いた感じ・・・。 近間のバス停で都心に向かう路線を見つけ、乗ったバスから徐々に見知った街路が見えてきた時のホッとした気持ちは、“現実” に回帰できた安心感だったのかと思う。 認知症というのは時間や場所などの認知機能がまずおかしくなるらしい。 亡母を思い出しても、老人向けホームに入所して2,3年経ってもまだ「ここに来たばかりだから」とか、ホテルと 間違えて「そろそろ帰らないと」といったりしていた。 認知症の人は、時間や場所が分からなくなることによって、“自分の知ったもの (=自分の一部) が消えていく” “自分が自分でなくなっていく”、 ・・・そんな不安や心細さを体験しているのだろうか。 “バスの乗り間違い+居眠り” 体験から、そう推し量ることがある。 アルツハイマー病は認知症の中では最も多い病気なのだそうだ。 私の母のように高齢になってからなら (本人は最後まで自覚はなかったけれど) 身内や周囲はまだ受け入れやすい。 しかし、本作の主人公アリスのように働き盛りでなる若年性は、本人も家族もどれほどのショックかと思う。 大学構内でジョギングしていて、自分のいる場所が分からなくなる序盤のシーンは、 アリスの不安感が困惑した表情や周囲の風景のもやがかかったような映像から如実に伝わってくる。 アリスの罹ったアルツハイマー病は「家族性」といわれるタイプで、子供に遺伝する可能性があるそうだ。 遺伝の確率は50%、遺伝した場合の発症率は100%という。 アリスと夫ジョンの間には3人の子供がいて、検査の結果、医学生の長男トム(ハンター・パリッシュ)は陰性、 不妊治療を続けている長女アナ(ケイト・ボスワース)は陽性、演劇を目指す次女リディア(クリステン・スチュワート)は検査を拒否、 そしてアナは念願の妊娠を叶え、双子であることが分かる。 映画はこの問題を深くは追わないけれど、アリスの病気がこうして本人だけでなく、子供たちにも及んでいくのは本当にショッキングなことだ。 アリスは病気の進行状態を自分なりの工夫で毎日チェックする。そして自分が自分でなくなった時に備えて、自殺の用意をする。 パソコンの中に手順を説明するメッセージを記録する。 しかしいざその時になると、アリスにはもう、自分に向けて残したビデオメッセージが理解できないのだ。 5cmくらい宙に浮いたような頼りない足取りで、何度も居間と2階の寝室を行ったり来たりする様子は、見ていてとてもつらい。 リディアの読んでくれる物語をおぼつかない表情で聞くアリス。リディアが「何の話か分かる?」と問いかける。アリスは「愛・・・」と応える。 早逝した姉との子供時代の思い出が、薄れゆく白い記憶の中に甦る。 アリスはアリス、どんな状態になってもアリスであることは変わらない。そんなメッセージが静かに寄せてくる。 ジュリアン・ムーアの抑えた演技がアリスの人間像をくっきり浮かび上がらせて見事だった。 【◎○△×】7 |