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アメリカン・スナイパー


2014年  アメリカ  132分

監督
クリント・イーストウッド

出演
ブラッドリー・クーパー
シエナ・ミラー
ルーク・グライムス
ジェイク・マクドーマン
サミー・シーク

   Story
 アメリカ軍で史上最強の狙撃手 (スナイパー) といわれたクリス・カイルの自伝を映画化した人間ドラマ。
 2003年のイラク戦争開始以後、4度にわたって戦場に赴き、160人の敵を射殺して “レジェンド” と呼ばれた男の姿を通して、現代アメリカの直面する問題を浮き彫りにする。

 アメリカ大使館爆破事件をきっかけに海軍に入隊したクリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)は、 30歳という年齢ながら厳しい訓練を突破して、アメリカ海軍特殊部隊ネイビーシールズに配属される。

 2001年、アメリカ同時多発テロを契機に始まった戦争で狙撃手としてイラクに出征したカイルは、味方の窮地を幾度も救い、“レジェンド” と賞賛されるようになる。

 帰国するたびに変わっていくカイルに妻タヤ(シエナ・ミラー)は苦しむが、4度の出征を終えてクリスは無事に帰国する。 これで家族との平穏な暮らしに戻れるかと思われたが・・・。


   Review
 伝説のスナイパーというと思い浮かぶのは、映画『スターリングラード』(00) でジュード・ロウが演じたソ連の天才スナイパー、ヴァシリ・ザイツェフだ。
 物陰に何時間でも身をひそめ、たった1発で敵を仕留めると音もなく姿を消す。 スナイパーが “戦場の悪魔” と称されるのをこの映画で知ったけれど、無理もないと思ったものだ。

 本作の主人公、クリス・カイルもイラクから “ラマーディーの悪魔” と恐れられ、首には多額の賞金が掛けられる。

 『スターリングラード』ではドイツのスナイパー、エド・ハリスが扮するケーニッヒ少佐の視点も描かれ、 ザイツェフと彼の死闘がストーリーの核を成していたけれど、本作ではイラク側の視点が登場することはなく、カイルの目に映ったアラブが描かれるだけだ。


 クリント・イーストウッド監督は『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』(06) では硫黄島の戦闘を日米双方の視点から描いているので、 これは不思議な気もするけれど、戦争によるトラウマ (PTSD) というテーマを描くために、あえてカイルの視点に焦点を絞る必要があったのかなと思ったりもする。

 映画冒頭のシーンが鮮烈だ。市街戦のさなか、ビルの屋上に身をひそめるカイルの前にベールをかぶった女性と少年が現れる。 はじめは単なる市民かと思われたけれど、望遠レンズのスコープが女性がマントの中に隠し持った手榴弾を捉える。
 ギリギリまでためらった後、カイルはまず母親から渡された手榴弾を投げようとした少年を、次にもう一度手榴弾を手にした女性を射殺する。

 戦場でのカイルの最初の仕事だった。この時の目と腕の確かさが彼の “伝説” の始まりになる。
 しかし子供と女性を殺したということは、彼に大きな心の傷を残したのではないかと思う。

 その後も、彼は一人射殺するごとに深くうなだれて何かに耐える様子をする。
 しかしいつかそれもなくなっていく。そして映画はシンプルな戦争アクションの様相を呈していく。

 こうしてカイルの中で、敵を倒すことは仲間を救うことであり、任務でもある、という確固とした信念と入れ替わりに、 人を殺すことの罪悪感は意識の底に沈潜していったのだろう。

 しかし意識が抑圧されればされるほど、彼の精神は深く蝕まれていったのではないか・・・、そんな気がする。

 第二次世界大戦のように国を上げての戦争なら、たとえ直接戦禍にさらされていなくても国や家族は銃後の緊張下にあるけれど、 ベトナム戦争やイラク戦争では、任務を終えて帰国すれば、そこで兵士を待っているのはあまりにも当たり前の平穏な日常だ。 落差が大きすぎて、心がついていかないのは当然だと思う。

 イラクから帰ったカイルが真っ直ぐに家に向かわずに、バーで酒を飲む印象的なシーンがある。
 そこに妻から電話がかかってくる。 妻は帰国した夫がよもや寄り道しているとは思いもしないから驚くけれど、カイルにとって日常生活に戻るにはいくつものクッションが必要だったのだろうと思う。

 軍役を引いたカイルが PTSD を抱えるイラク帰還兵の支援事業をする中で、支援を引き受けたまさにその帰還兵によって射殺されてしまうのは、 なんとも運命の皮肉としかいいようがない。
 カイルの内面に踏み込むことをあえて控えたためか彼の心の陰影がやや平坦で、映画としての印象が薄くなったのが残念。
  【◎△×】7

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