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あん


日本/フランス/ドイツ
2015年  113分

監督
河瀬 直美

出演
樹木 希林、永瀬 正敏
内田 伽羅(キャラ)、市原 悦子
浅田 美代子、水野 美紀

   Story
 『萌の朱雀』『殯(もがり)の森』などの河瀬直美監督がドリアン助川の同名小説を映画化した人間ドラマ。
 元ハンセン病患者の老女が自由に自分らしく生きようとする姿を、どら焼き屋の店長や店を訪れる女子中学生との 交流、四季の変化を織り交ぜながら描く。

 千太郎(永瀬 正敏)が店長を務めるどら焼き屋に、ある日、徳江(樹木 希林)という女性が働かせてほしいとやって来る。

 高齢の徳江にはじめは申し出を断る千太郎だが、徳江の作った粒あんの旨さに驚いて採用を決める。

 あんが評判になって店はみるみる繁盛し、作り損ねのどら焼きをもらいにくる中学生のワカナ(内田 伽羅)も徳江に馴染み、心を通わせていく。
 ところがかつて徳江がハンセン病を患っていたことが知れ渡り、客足が一気に離れていく。事情を察した徳江は黙って店を去り・・・。


   Review
 スクリーンをいっぱいに覆う満開の桜。画面から馥郁とした香りが漂ってくるようだ。 その桜の下に店を開くのが千太郎のどら焼き屋だ。私も通りかかったらきっと買ってしまうと思う。

 徳江のあんこ作りが丁寧に描かれる。たっぷりの水に一晩漬けてふっくらした小豆を、ゆっくりと炊いていく。 決して急がず小豆の声に耳を傾けて、湯気の調子が変わるのを待つ。 あんこ作りの達人、徳江が釜に覆いかぶさり慈しむように小豆の具合を確かめる様子がなんともいえない。

 店長の千太郎に指図して水飴を両手でひと塊りねじり取り、小豆の釜に混ぜ込む。 ブツブツ小さな泡が立ち、ねっとりした光沢が生まれて出来上がり。あー、美味しそう・・・!

 ずいぶん前に見た『女と味噌汁』(68) で、うまいと評判の屋台の味噌汁がひどく雑な作り方なのにがっか りしたことがある。
 鍋に水を張っていきなり味噌を入れ、箸で2,3回ちょこちょことかき回して終わり。

 これじゃぁねぇ〜。根底をなす設定はきちんと丁寧に描き込むべし。それでこそストーリーに説得力が生まれるのだと、本作を見てつくづくと思う。

 かつてハンセン病を患った徳江は、不自由な手で半世紀をあんこ作りに打ち込んできた。そのあんこが店の前に行列ができるほど美味しいと評判になる。
 療養施設の中だけでなく一般の社会で自分のあんこが受け入れられたことは、隔離された狭い世界で生きてきた徳江にとって、どれほど嬉しく励みになったことかと思う。

 名前を変え、家族からもいないことにされて、世を憚って生きてきたハンセン病患者にとって、自分は何者かというアイデンティティーは切実な問題ではないかと思う。 そして徳江にとってはあんこ作りこそ、自分を自分たらしめるものだったのだろう。

 求人の張り紙を見て自分を売り込む徳江は、はじめは台詞が聞き取りにくく、樹木希林のオーバーアクトがやや気になったけれど、 ストーリーが回り始めるとさすがの存在感だ。あんこ作りに愛情と精魂を込める姿が惻々と胸を打つ。
 受け役の永瀬正敏もちょっとしたリアクションや捨てのセリフがじつにさり気なく、時にそれがユーモラスな味をかもし出して、なんともいえずいい。


 千太郎は傷害事件を起こしたムショ帰りだけど、根は善良で正義感の強い人なんだろうな、と思わせるところがある。 徳江の病気が噂になり、客足が途絶え、徳江が店を去った時、「(徳江を) 守れなかった」と自分を責めるのだ。2人の間に培われた信頼の強さがしのばれる。

 対照的なのが店の女性オーナー(浅田 美代子)だ。噂を知り、徳江をクビにしろと千太郎に迫る。
 ハンセン病は伝染力が非常に弱くほとんど発病につながらず、徳江はすでに完治しているとはいえ、偏見と恐れは今でも強い。 これが世間一般の反応と思えば、女性オーナーの狭量を責めることは出来ないとも思う。

 1年が経ち、再び満開の桜の下・・・。徳江から伝授されたあんこ作りの腕をふるって作ったどら焼きを、公園の屋台で売る千太郎。
 どちらかといえば辛党で、甘いあんこは苦手といっていた千太郎だ。 その彼ですら感動した味と香りの徳江のあんこ、ちゃんと再現できたかな、とふっと微笑が湧いてくる。人のつながりの温かさがしみじみ胸を打つ映画だった。
  【◎△×】7

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