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エル・クラン


2015年  アルゼンチン  110分

監督
パブロ・トラペロ

出演
ギレルモ・フランセーヤ
ピーター・ランサーニ
リリー・ポポヴィッチ
ステファニア・コエッスル
ガストン・コッチャラーレ

   Story
 一見ごく普通の裕福な一家が、富裕層を狙った身代金目的の誘拐を繰り返していたという、1980年代にアルゼンチンで実際に起った事件を映画化。 ヴェネチア国際映画祭で銀熊賞(監督賞)を獲得した。

 軍政から民政への移行期にあった1983年のアルゼンチン。
 ブエノスアイレスの高級住宅街に暮らすプッチオ家は、当主アルキメデス(ギレルモ・フランセーヤ)を中心に、平穏な生活を営んでいる。

 ある日、長男アレハンドロ(ピーター・ランサーニ)の友人が誘拐され、多額の身代金が請求される事件が起こる。
 それ以来、プッチオ家の周辺では誘拐事件が続き、住民の間に不安な空気が流れる。

 そんな中で一家は変らない暮らしを送っているが、家族が住んでいないはずの部屋にアルキメデスが食事を運ぶ姿があった・・・。


   Review
 善良な市民を装いながら、じつは身代金目当ての誘拐商売で富裕な暮らしを支えている一家、 ・・・これだけ聞くとハリウッド製のギャング映画かひょっとしてコメディかな、なんて思ってしまう。
 ところがアルゼンチンでは知らぬ人のいない、実際に起きた有名な事件なのだそうだ。

 プッチオ家の当主アルキメデスは穏やかな初老の男で、食事の時は家族で敬虔なお祈りをし、食後は末娘の宿題を見てやり、 妻(リリー・ポポヴィッチ)が疲れたとこぼすと肩を揉んで労(いたわ)ってやる。どこから見ても家庭的な良い父親だ。

 でも、見ていると「何かがヘン・・・」と落ち着かない気分になる。 演じている俳優そのものの存在感もあるのだろうけど、口先は優しいのに冷やっこい空気がゾワ〜と寄せてくるからだ。瞳の色が薄いところもちょっと怖い。

 さらに食事中、ここにいないもう1人の息子 (次男) のことが話題になると、「あいつは裏切り者だ」と厳しく断罪する。 詳しい事情は分からないけれど、ニュージーランドにいったきり帰ってこないらしい。


 「家族を見捨てた」「恩知らずだ」、父親の激しい口調にみな俯向いて一言も発しない。 彼が家長として権威を振るい、家族を支配し、服従させているのが、その場の空気から伝わってくる。威圧感に胸苦しくなる。
 長男アレハンドロが父親の誘拐業に協力するのも、この “裏切り者” という糾弾が怖いから、と察しがつく。

 驚くのは、アレハンドロがアルゼンチン・ラグビー界のスター選手であることだ。
 そういう息子を犯罪に引き込む親の気持ちに驚くけれど、アルキメデスは軍事政権下で国家情報局に所属していたことを考えると、 政権に不都合な人物を誘拐・尋問するのはお手の物、犯罪という意識は薄いのかもしれない。

 誘拐した人質を自宅の一室に監禁する大胆さにも驚かされる。
 毎朝せっせと自宅前の道路を掃除し、ご近所さんと挨拶を交わす一見律儀な彼の行為になんとも知れぬ違和感を覚えるのは、 それが家の異変を気づかれていないか偵察を兼ねているからだろう。

 それでは家族は・・・。一人分余計に食事を用意する妻は当然知っている。何事もなく振る舞っている長女と次女も、うすうす勘づいているフシがある。 末の男の子は途中で家族の秘密に気づき、ラグビー遠征を機に家を去る。

 人質の殺害に気づいたアレハンドロが (恋人と結婚したこともあって) 誘拐ビジネスに耐えられなくなると、 母親は家長であるアルキメデスの補佐役を果たすのが妻たるものの役目といわぬばかりに、ニュージランドにいる次男を呼び戻す。

 暗黙の共犯者たる家族のあり方が、都合の悪いことには目を背ける人間心理の闇をうかがわせて、興味深く思える。

 アルキメデスはいとも簡単に人質を殺してしまうけれど、 軍事独裁政権下の1970年代後半から民主制に移行しようとする80年代にかけてのアルゼンチンでは、左翼ゲリラの鎮圧を口実として大変な数の市民が勾引され、 文字通り姿を消したという。
 裁判もなく、拷問・殺害されたというから恐ろしい。そんな混乱した状況下なら、誘拐殺人だって闇に葬り去るのは可能だったかもしれない。

 父親アルキメデスの怪物性が際立つのは、犯罪がばれて警察に逮捕されてからだ。 拷問によって自白が強要されたと見せかけるために、アレハンドロを散々に侮り罵倒し、怒りのあまり自分を殴るように挑発する。
 血だらけになりながらも、息子が思惑通りに動いたことに満足する冷酷さに背中がゾゾゾとする。

 字幕で語られる一家のその後でも、アルキメデスのしぶとさが強く印象づけられる。病んだ時代の申し子のような一家の犯罪、・・・重い後味が残る。
  【◎△×】7

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