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偽りなき者


2012年  デンマーク  115分

監督
トマス・ヴィンターベア

出演
マッツ・ミケルセン
トマス・ボー・ラーセン
アニカ・ヴィタコプ
ラセ・フォーゲルストラム
スーセ・ウォルド

   Story
 『光のほうへ』などのデンマークの名匠トマス・ヴィンターベアが、一人の人間としての尊厳と誇りを懸けた闘いを描いた人間ドラマ。 主演のマッツ・ミケルセンはカンヌ国際映画祭で主演男優賞に輝いた。

 デンマークの小さな町。
 離婚と失業の試練を乗り越えて、ルーカス(マッツ・ミケルセン)は幼稚園の教師の職に就き、穏やかな日々を送っている。

 ある日、親友テオ(トマス・ボー・ラーセン)の娘クララ(アニカ・ヴィタコプ)の作り話によって、ルーカスは変質者のレッテルを貼られてしまう。

 身の潔白を説明しようとするが誰にも話を聞いてもらえず、仕事も信用も失ったルーカスは小さな町で孤立してしまう。
 周囲から向けられる憎悪と敵意がエスカレートする中で、一人息子のマルクス(ラセ・フォーゲルストラム)にまで危害が及ぶようになったルーカスは、 ひたすら自らの無実を訴え続けるが・・・。


   Review
 (性にまつわる) 子供の嘘が、善意の大人を窮地に陥れる、という点で『噂の二人』(61) を思い出した。
 この映画では、甘やかされて育った有力者の孫が、自分に厳しい教師2人に仕返ししようと、二人が同性愛であるかのごとき嘘をつく。 自分の言辞の意味も、その結果、2人がどういう状況に追い込まれるかも、承知の上だ。これはそうとうタチが悪い。

 一方本作のクララは、幼稚園の大好きなルーカス先生に受け止めてもらえなかったのが悔しくて、 兄が面白半分に見せた写真に写っていたもののことを口にする、だから先生は嫌い、といって。
 それが何を意味するのか、聞いた大人はどう思うのか、彼女には見当もつかない。ただ八つ当たり的に悪態をついただけだ。

 この映画の怖いところは、クララには悪意はなかったのに、大人の思い込みが一人歩きし、あっという間に既成事実化していくことだ。

 クララは比較的早い段階で、園長(スーセ・ウォルド)に「ルーカスには何もされていない」と告げている。 しかし “子供は嘘をつかない” を信条としているはずの園長が、彼女の言葉を信じない。大人の偽善というほかない。

 さらにやりきれないのは、自分の言葉がまともに取り上げられないことを悟ったクララが、やがて大人の気持ちを察知し、 その誘導に添った答えをするようになることだ。

 『噂の二人』では問題の少女が「あれは嘘だった」と認めることで2人への疑いは晴れるけれど、本作ではそうした道がこうして早々に閉ざされてしまうのだ。 映画を見ている私たちはルーカスの潔白を知っているだけに、彼の汚名を晴らす方法はあるのだろうか、と暗澹たる思いになる。

 幼女への性的虐待は決して許されるべき犯罪ではない。事実と信じた村の人々の怒りは当然といえる。
 しかし、冤罪と知っている私たちは、彼に加えられる精神的・身体的制裁、さらに人としての尊厳が踏みにじられるのにいたたまれない気持ちになる。

 とくに、ことの重大さに動転した園長がルーカスに十分話を聞くこともなく、園長としての責任を追及されることを怖れて動き回る様子は、 どの社会でも起こりうることで、とても他人事(ひとごと)とは思えない。

 クララの父親テオが眠りがてらの娘の告白を耳に留め、さらに心身ぼろぼろになったルーカスとじっくり話し合ったことで (この後の展開は正直はしょり過ぎ。 想像で補うほかないけれど) 彼への疑いは一応晴れ、村人も彼を再び受け入れたかのように見える。

 しかし、一度捺された烙印はそう簡単に消えはしない。それが冤罪というものの真の恐ろしさだと思う。 鹿狩りの最中にどこからか発せられた銃弾がルーカスをかすめるところにそれが端的に表われている。

 見ていてあまり後味のいい映画ではないけれど、ちょっとした行き違いから誤解を招き、地域や会社など共同体の中でいや応なく切り離されていく孤立感について、 切実に考えさせる映画だと思った。
  【◎△×】7

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