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偉大なるマルグリット


2015年  フランス  129分

監督
グザヴィエ・ジャノリ

出演
カトリーヌ・フロ
アンドレ・マルコン
シルヴァン・デュエード
クリスタ・テレ
ドゥニ・ムプンガ
ミシェル・フォー

   Story
 音痴にも関わらず多くの人々から愛されたソプラノ歌手フローレンス・F・ジェンキンスに着想を得たドラマ。

 1920年、フランス。マルグリット・デュモン男爵夫人(カトリーヌ・フロ)の邸宅で、戦災孤児のための慈善音楽 会が催される。

 辛口の音楽評論家ボーモン(シルヴァン・デュエード)、新人女性歌手アゼル(クリスタ・テレ)らは、 本日の主役ともいうべきマルグリットが登場し歌いだした時、唖然とする。彼女は絶望的なほどの音痴だったのだ。
 しかし招待客たちは儀礼的に拍手喝采を送り、本人は事実に気づいていない。

 マルグリットの豊かな財力に目をつけたボーモンは称賛の記事を書き、パリの音楽会への出演を依頼する。 夫ジョルジュ(アンドレ・マルコン)はなんとか阻止しようとするが、執事のマデルボス(ドゥニ・ムプンガ)に止められてしまう。

 音楽会は大失敗。それでもパリで本格的なリサイタルを思い立ったマルグリットは、 オペラ歌手ペッジーニ(ミシェル・フォー)から本格的なボイストレーニングを受け始めるのだが・・・。


   Review
 音痴の人ってほんとは案外いないんじゃないかな、とじつは私は思っている。 もちろん歌の上手下手はあるけれど、(時々多少ハズレたりしても) そこそこ音程は合っている、と・・・。

 だからYoutubeで本作のモデルといわれるフローレンス・フォスター・ジェンキンスの歌を聞いた時はびっくりした。音の外れっぷりが半端ではないのだ。 それでも堂々と歌い続ける。
 何度も吹き出しながら、自信に満ちた歌声にだんだん楽しくなってきたのが我ながら不思議だった。

 本作のアメリカ版リメークでは、ヒロインをメリル・ストリープが演じているとか。 『マンマ・ミーア!』で証明済みのように、彼女、歌が上手い。なので、わざわざ音痴のトレーニングを受けたそうだ。

 本作のヒロイン、マルグリットを演じるカトリーヌ・フロも (音痴) 特訓を受けたに違いない、どんな歌唱を見せるのかな、 といささか意気込んで、かつ勝手にコメディを期待して鑑賞した。


 たしかにコメディといえないこともない。なにしろマルグリットの音のハズレ具合といったら・・・! おまけに高い声が出ない。 なのに身ぶり手ぶりよろしく歌い上げるさまは、思わずプフッと笑わずにおれない。

 けれど本人はひたすら懸命だ。それはどこか痛々しく、だんだん切なくすらなってくる。
 こっけいなのに悲痛・・・。それを同時に醸し出すフロの演技が見事。

 マルグリットは懸命に歌い、参会者たちの拍手に心から嬉しそうな顔をするけれど、それでもどこか寂しそうだ。
 だれかが彼女に思い切って真実を告げようとすると、一瞬、怯えた表情をする。(だから相手も結局違うほうに話を持っていっていくしかない。) そんな時は、 本当は自分が歌が下手なのを察しているのかな、と思ったりする。

 マルグリットは自分が歌う時は、夫のジョルジュが会場に来ているかどうかをとても気にする。
 彼に聴いてほしい、そして「よかったよ」と口先ではなく心から褒めてほしい・・・。でもジョルジュは車のエン ストを口実に必ず遅れる。

 彼は会場の密かな失笑がマルグリットを通り越して自分に向けられるのが耐えられないんだろうと思う。
 といって、真実を告げる勇気もない。なにせ、愛人に「妻には女を感じない」なんてことをいう男なのだから。

 マルグリットがオペラが好きでたまらないのは本当だと思う。
 でも「私の人生」とまでいい切るのは、心の片隅に住み着いた “寂しさ” を飼い馴らすためなんじゃないだろうか・・・。

 多分、マルグリットは人が周りに寄ってくるのは自分の財力が目当てなのだと分かっている。夫の心がとっくに自分から離れていることも分かっている。 ぽっかり空いた寂しさを埋めてくれるのが、唯一、オペラなのだ。
 華麗な衣装をまとって精一杯アリアを歌い上げる時、マルグリットの心は現実を離れて、生き生きと幻想の中を羽ばたくことができたのだろう。

 マルグリットにとって真相は思いがけない (そして無惨な) 形でやってくる。 ビターな後味の残る映画だけれど、ジョルジュが妻への思いを残していることを感じさせるラストに、一抹救われる思いがする。

 ジョルジュを演じるアンドレ・マルコンの印象が薄いのが寂しい気がするけど、 マルグリットに寄り添い、その妄想を支え、さらに残酷な幕切れを用意する黒人執事マデルボスを演じるドゥニ・ムプンガの厚みのある存在感が印象に残った。
  【◎△×】7

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