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黄金のアデーレ 名画の帰還


2015年  アメリカ/イギリス  109分 

監督
サイモン・カーティス

出演
ヘレン・ミレン
ライアン・レイノルズ
ダニエル・ブリュール
ケイティ・ホームズ
タチアナ・マズラニー
マックス・アイアンズ

   Story
 ナチスに奪われたクリムトの名画 “黄金のアデーレ” を取り戻すため、オーストリア政府に返還訴訟を起こした女性の実話を描いたドラマ。

 1998年、ロサンゼルス。82歳のユダヤ人女性マリア・アルトマン(ヘレン・ミレン)は、夫亡き後も小さなブテ ィックを切り盛りしながら溌剌と暮らしている。彼女はかつてナチスに占領された祖国オーストリアを捨て、夫フリッツとともにアメリカへ亡命したのだ。

 姉ルイーゼが亡くなり、マリアはルイーゼがオーストリア政府に対してクリムトの名画 “黄金のアデーレ” の返還を求めていたことを知る。 それは叔母アデーレの肖像画で、第2次世界大戦中にナチスに奪われたものだった。

 マリアは姉の遺志を継ぎ、新米弁護士ランディ・シェーンベルク(ライアン・レイノルズ)とともに、オーストリア政府相手に返還の訴訟を起こす。 地元のジャーナリスト、フベルトゥス(ダニエル・ブリュール)が助力を申し出る。

 2度と戻るつもりのなかった祖国の土を踏み、マリアの中に激動の時代のさまざまな記憶が甦る・・・。


   Review
 たとえば、人の家に勝手に入って物を持ち出したら、返すのが当たり前、これは当然すぎるほど当然のことだけれど、国同士になるとなかなかそうはいかないらしい。 大英博物館のロゼッタ・ストーンがそのいい例だ。
 (ポレオンがエジプトから持ち帰ったロゼッタ・ストーンがなぜ大英博物館にあるのかについては、いろいろ経緯(いきさつ)があるものの。)

 ナチス・ドイツが侵略した国やユダヤ人たちから膨大な美術品を奪い取ったことは様々な映画のテーマになっているけれど、 本作は一人の女性が当時ナチス支配下にあったオーストリアを相手に、「本来の持ち主に返せ」と掛け合い、取り戻したという実話に基づいている。

 国同士の交渉でもなかなかスンナリいかないものを、一個人が! と驚いてしまう。もちろんそれにはそれなりの経過があった訳で、それが本作で描かれる。

 主人公マリア・アルトマンを演じるヘレン・ミレンがじつに魅力的だ。気が短くてすぐ結論を出す (から一面毅然 としている) けれど、それを切り替える柔軟さも持っている。

 皮肉屋、でもユーモアのセンスは抜群。親戚の世話好きのおばさん風の可愛さもある。
 そんな彼女が返還請求のために、二度と戻らないと決めていた故郷ウィーンに帰り、かつての記憶を甦らせていく。

 若き日のマリア(タチアナ・マズラニー)とペラ歌手フリッツ(マックス・アイアンズ)の華やかな結婚披露パーティ、そんな中でも刻々押し寄せるユダヤ人迫害の波、 なかでもマリアが近所の薬局の前を通りかかった時に思い起こす、フリッツとともにウィーンからケルンに脱出するくだりは、本作でもっともスリリングな場面だろう。

 執拗な追跡を逃れてやっと空港にたどり着いてもなぜか搭乗は開始されず、ゲシュタポの車が乗りつけたりして、最後までハラハラさせられる。

 オーストリア政府を相手取っての返還請求訴訟で彼女に付き添うライアン・レイノルズが扮する新米弁護士ランディが、 初めはいかにも頼りない風情で、「ほんとに彼で大丈夫かね」と思ってしまったけれど、これが意外にしぶとい。
 とくに、最初のウイーン行で政府の美術品返還査問会の決定が「否」と出た後、マリアとホロコースト記念碑を訪れて、彼に内的変化が起こるのが興味深かった。

 そこに刻まれた曽祖父母が殺された収容所の名を見た時、彼はそれまでアメリカ人としか意識していなかった自分のルーツが “ユダヤ人” にあり 、 かつ “オーストリア人” にあることを実感するのだ。
 切り離されていた「過去の歴史」と「現在の自分」がつながったといってもいい。


 この後はマリアをリードする形で返還のための闘いを続ける。一皮二皮剥けたランディはとても頼もしい。

 叔母アデーレの肖像画を取り戻した時、マリアが「これでめでたしと思っていたけど、私は間違っていた」とランディの肩に顔を埋めて泣くのが印象的だった。 「私は逃げた。両親をこの国に残して」と。
 一見明るく生きるマリアだけれど、この痛みをずっと胸の奥に抱えてきたのか、と胸を突かれる思いがする。

 一方で、「お前だけでも生き伸びておくれ」と、悲しみをこらえてマリアを送リだした両親の覚悟も凄い。
 「私たちを忘れないでおくれ」という言葉が切なく胸に響く。

 美術品返還というストーリーを通して伝わってくるのは、幸せな日々を突然奪われ引き裂かれる家族の悲しみと、それを背負って生き続けることの苦しさだ。
 全体にさらりとしたトーンで声高でない分、かえってしみじみした余韻が残った。
  【◎△×】7

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