Story 『アンダーグラウンド』『黒猫・白猫』などのエミール・クストリッツァ監督が、戦争が終わることなく続く国を舞台に、 前線に届けるミルク配達人と村の英雄の花嫁との逃避行をエネルギッシュに描いている。 隣国との戦争が絶えることなく続くある国。 コスタ(エミール・クストリッツァ)は飛び交う銃弾をかいくぐって、前線の兵士たちにミルクを届ける仕事をしている。 彼にミルクを卸す村の女ミレナ(ロボダ・ミチャロヴィチ)はコスタに想いを寄せており、 兄で戦争の英雄のザガ(ミキ・マノイロヴィッチ)と同じ日に、コスタと結婚式をあげようと考えている。 ある日、ザガの花嫁(モニカ・ベルッチ)が村にやって来る。 出会った瞬間から互いに惹かれ合う花嫁とコスタ。しかし謎めいた彼女の過去のために村が襲撃され、かろうじて生き延びたコスタと花嫁の逃避行が始まる・・・。 Review クストリッツァ監督の映画を見たのは『黒猫・白猫』(98) が最初だった。妙なタイトルに引かれた。 細かいストーリーはもう定かではないけれど、そのけたたましさにびっくり・・・! 耳元で管楽器が一斉に鳴らされるような、生命力の爆発みたいな印象は強烈だった。 本作は、ボスニア紛争を思わせる隣国同士が絶えず戦争をしている架空の国のある村が舞台だ。前線の兵士たちに毎日牛乳を運ぶ男コスタが主人公。 銃撃戦の物騒な音が鳴り響く中を、のんびりロバに乗って、おまけに日除けの傘まで差して、とことこ野道をゆく。 現実離れした光景にひょいと寓話の世界に迷い込んだような気持ちになる。 そういえばコスタが演奏する打楽器に合わせて肩を揺するハヤブサ、鏡に映る自分に向かってぴょんぴょん飛び上がるニワトリなど、 粗野でこっけいで、笑いが吹き上げる楽しさだ。 なかでもコスタにミルクを卸しているミレナが面白い。冒頭の、老母と一緒にバカでかい振り子時計に振り回されるおとぎ話めいた可笑しさ。 休戦協定が結ばれて、村人たちが飲んで歌ってお祭り騒ぎに興じる最中の彼女の突拍子のなさ。 そんな時に、ミレナの兄の花嫁候補として難民キャンプから金で買われてきた女が、ちょっとヤバイ事情を抱えていることが分かる。 多国籍軍の将軍と因縁があり、将軍に引き渡さないと村が大変なことになるというのだ。 ところがミレナはビビるどころか銃をぶっ放して、交渉役の男を追い払ってしまう。 祭りの余興みたいにあっけらかんとしているのに笑ってしまうけど、彼女は元体操選手とかでバック転でコスタの肩に逆立ちしたり、 そもそもコスタにはその気がないのに彼との結婚式を兄の結婚式と一緒に上げるように勝手に準備を進めたり、 奇天烈ではた迷惑で、でも生命力の塊みたいなキャラクターが憎めない。 前半、戦下とはいえどこかのどかな農村の暮らしとあふれるエネルギーの交錯がクストリッツァ監督らしい。 しかし後半に入ると趣きが変わってくる。 多国籍軍の襲撃で村は焼かれ、ミレナとその兄も死んでしまい、前から互いに惹かれ合っていたコスタと花嫁が逃避行に入るのだ。 川の深い葦群れに身をひそめ、水中にもぐり、滝壺に身をおどらせ、コスタと花嫁は延々と多国籍軍兵士の追跡から逃げ続ける。 コスタが足を折ると、なんと花嫁は彼をおぶって走る逞しさだ。モニカ・ベルッチ、イタリア女の面目躍如というところ。 追うほうもしぶとくて、どれだけ離れていてもすぐ背後に迫ってくる。追いつ追われつの追走劇が面白い。 冒頭字幕に「寓話を散りばめた」とあるけれど、ミルクを飲む蛇がコスタを助けたり、牧羊地に逃げ込んだ2人を羊たちがぐるりと取り囲んで隠したり、 ファンタジーめいたユーモアと楽しさがある。 それだけに牧羊地に仕掛けられた地雷に触れて花嫁が死んでしまうのは思いがけなかった。 15年後、コスタが弔いの石積みで牧羊地を埋めていくラストシーンの悲しみは静かで深い。 狂騒にあふれた前半、逃走劇の後半、ラストのハヤブサの視点のような広々した俯瞰映像・・・。 エネルギッシュな演出の中にも、世界各地で勃発する内戦への悲しみと、そこからの解放に込められた祈りを感じるラストだ。 【◎○△×】7 |