Story 晩年のシャーロック・ホームズを主人公にしたミッチ・カリンの同名小説「ミスター・ホームズ 名探偵最後の事 件」の映画化。 名探偵シャーロック・ホームズ(イアン・マッケラン)も今や93歳。 サセックスで家政婦のマンロー夫人(ローラ・リニー)、10歳になる彼女の息子ロジャー(マイロ・パーカー)と静かな日々を過ごしている。 そんな彼にも一つだけ心残りがあった。それは30年前、記録係のワトスンが結婚してホームズのもとを去った直後のことだ。 ケルモット(パトリック・ケネディ)という男の依頼で、彼の妻アン(ハティ・モラハン)の身辺調査を始めたホームズだったが、 失敗に終わり、ホームズは自身の引退を余儀なくされたのだった。 それ以来心にわだかまっているこの事件の真相に、ホームズはロジャーの力を借りてあらためて迫ろうとする・・・。 Review シャーロック・ホームスの晩年か・・・。 偏屈者の彼のこと、その後結婚したとは思われず、うーん、どこかの田舎に引っ込んで、暖炉の脇でパイプをくゆらせつつ来し方を振り返ったりしてるのかな・・・。 でもさすがに家の中ではマントや鹿撃ち帽はかぶってないよね・・・。 ・・・といろいろ想像を巡らせてみても、あまりパッとしたイメージが湧いてこない。 そんな訳で、本作のホームズの93歳という設定に虚を衝かれた。 93歳のホームズかぁ・・・、格別シャーロキアンという訳ではないけれど、一通りホームズ物を読んだ身としてはいささかの感慨がある。 探偵を引退して久しいホームズ、サセックスの農家で家政婦のマンロー夫人、その息子ロジャーと暮らしている。 意外だったのは彼の趣味が養蜂で、網をかぶって庭にしつらえたミツバチの巣箱の世話なんかしていることだ。 マンロー夫人は気難しい老人の世話にうんざり。もっと給料のいいポーツマスに移ろうと考えている。 一方、息子のロジャーはホームズとはウマが合い、まるで本物の祖父と孫のようだ。 ロジャーはかつての名探偵を尊敬し、ホームズは少年の推理力を評価し、そんな2人の様子が微笑ましい。 という具合に坦々と、ホームズの老後が綴られるのかと思ったら然(さ)にあらず。 じつはホームズは引退のきっかけになったある事件がずっと心に引っかかっているのだ。 この事件をもとにワトソンが書いた小説は中身が脚色され、とくに結末が違っている。 そこでホームズは真相をきちんと記録に残したいと回想録を書いているのだけど、細かいところが思い出せない。記憶が定かでなく、切れ切れで・・・。 じつはホームズはよく知った人の名前も忘れそうになるので、シャツの袖口にメモして置くくらいなのだ。 そう、93歳の今、認知症がボツボツ始まっているらしい。 なんと、まー、思いもかけないことだった。ホームズの晩年の物語が彼の認知症に関わる話だったとは・・・。 現在の彼の暮らしの描写の中に、第一次大戦後に依頼を受けたケルモットの妻アンに関する調査の経緯(いきさつ)が織り込まれる。 それが途切れ途切れの記憶の断片なので、最初はストーリーを追うのが大変だ。 そこにさらにもう1つの過去 (記憶の維持に効くと聞いた胡椒の実を手に入れるために、第二次世界大戦後の広島を訪れるエピソード) が混ざってくる。 これも記憶はキレギレで、2つの過去のつながりも分からないまま話は進んでいくけれど、最後は現在のホームズの中で見事に結実することになる。 ホームズが思い出そうとしているケルモット夫人の事件、そこでは彼は取り返しのつかない過ちを犯していた。 途切れがちな記憶を辿りながら、ホームズはどれほど正確に事件を分析し真相を導き出しても、それだけでは人間の真理は照らし出せぬことに気づく。 そして人の情を脇においてきた自分自身の人生に、初めていいようのない孤独を感じるのだ。 彼の心情の変化は日本人ウメザキ(真田 広之)に宛てた手紙に如実に表れている。 彼はウメザキの父を覚えていなかったんじゃないかと思う。それでもその業績を讃え、「どうかお父上を誇りに思って下さい」と書き添える。 そしてマンロー夫人とロジャー少年に、これからもここで一緒に暮らしてほしいと頼むのだ。 理性中心に生きてきたホームズが、今は人とのつながりを求める可愛らしい老人に見える。 人間味たっぷりの滋味あふれた晩年のホームズ像だった。 【◎○△×】7 |