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The NET 網に囚われた男


2016年  韓国  112分

監督
キム・ギドク

出演
リュ・スンボム
イ・ウォングン
キム・ヨンミン
チェ・グィファ、イ・ウヌ

   Story
 『うつせみ』『嘆きのピエタ』などの韓国の鬼才キム・ギドク監督が、朝鮮半島を舞台に、スパイ容疑をかけられ た漁師が南北対立に翻弄される姿を描く社会派ドラマ。

 北朝鮮の漁師ナム・チョル(リュ・スンボム)は、南北朝鮮の国境近くで、妻(イ・ウヌ)と幼い娘とともに貧しいながらも穏やかに暮らしている。

 ある日、漁に出ると、漁網がボートに絡まってエンジンが止まり、そのまま韓国側に流されてしまう。
 警察に拘束されたチョルは、取調官(キム・ヨンミン)による容赦ない尋問を受けることになる。

 警護官オ・ジヌ(イ・ウォングン)はチョルの家族の元へ帰りたいという切実な願いに触れるうち、彼の潔白を信じるようになるが・・・。


   Review
 北朝鮮の漁船が日本の港に漂着するのは珍しくないだけに、本作にも絵空事ではないリアルさを感じる。

 日本に流れ着くのは老朽化した木造船とはいえそれなりの大きさの船だけれど、本作の主人公ナム・チョルが漁をするのはボートだ。
 湖や川ならともかく、これで海に出るのか・・・。ひどく心許なく見えるけれど、チョルにしたら10年かけてやっと手に入れた大切な舟だ。 いつも通りに漁に出たら、網がエンジンに絡まって動かなくなってしまう。

 うーん、こんなことってありそうだな、オールで漕いだらなんとならないか、と見ているこっちがヤキモキする。 というのは、沿岸警備兵が韓国国境に流されるチョルを脱北と勘違いし、警告射撃をしてくるからだ。
 いくら威嚇されようと、どうにもならないものはどうしようもない。とうとうボートは韓国に流れ着いてしまう。


 彼の場合は来たくもないのに来てしまった訳だけど、脱北者の中には亡命を装った北朝鮮スパイが混じっているのはよくあることらしい。 そのあぶり出しに韓国政府は躍起になる。非情と思うけれど、それが南北関係の現実なのだろう。
 チョルもスパイ嫌疑をかけられて、苛酷な取り調べを受けることになる。

 調べる側は初めから疑ってかかっているのだから、エンジンが故障して流れ着いただけというチョルの話が通用するはずがない。 何が何でもスパイに仕立て上げようという執拗さは、虚偽の自白はこうして作り上げられるのか、と見ているだけで息苦しくなる。

 取調官の報告を受けた上司(チェ・グィファ)は、チョルのスパイ容疑の確証は薄く、 といって南への亡命も頑として受け入れず、ひたすら北の妻子のもとに帰りたがるのを見て、彼をしばらく泳がせることにする。
 もしチョルがスパイなら油断して尻尾を出すかもしれないし、そうでなくても豊かな韓国の現状に触れれば亡命に気持ちが傾くんじゃないか、という作戦だ。

 本作で私がもっとも興味を覚えたのは、こうしてソウルの街なかに連れ出されたチョルが、移動中の車内でも繁華 街に一人放り出された後も、必死に目をつぶって何も見まい・知るまいとすることだ。

 見れば嫌でも頭に残り、記憶してしまう。 北に帰った時に、見た「こと」や「もの」を正直にいえば、南に洗脳された、資本主義化した、とつまりは南側スパイの容疑をかけられるだろう。

 といって嘘をつけば、それがバレた場合、嫌疑はますます深まる。何も見ないに越したことはない。
 一介の漁師のチョルでさえそれだけの用心が働くのだ。これが北朝鮮の現実なのかと、胸が冷え冷えする。

 それはチョルが北に帰国する場面でも表れる。彼は韓国で与えられた衣服を全部脱ぎ捨てて、全裸に国旗1つを腰に巻いて北朝鮮の沿岸に到着するのだ。
 これは韓国への反発とか自国への愛というよりも、南のものを身に着けていること自体がさまざまな詮索(疑惑)を呼ぶ、それを避けるための用心に思える。 裸=白紙、が一番無難で安全だ・・・。

 そんな彼でも、舟のボックスに愛娘への土産の縫いぐるみを隠すのにほろっとさせられる。

 無事に帰国できたものの、やはりというかチョルは南側スパイの容疑をかけられて、また尋問を受けることになる。 そして生活の資を奪われたチョルが己の意地を貫いて迎える悲運なラスト・・・。
 エンジンにからまった網は、そのまま複雑に巡らされた政治の網を思わせる。それに絡め取られて運命を狂わされたチョルが痛ましい。
  【◎△×】7

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