HOME50音表午後の映画室 TOP




KANO
〜1931 海の向こうの甲子園〜



2014年  台湾  185分

監督
マー・ジーシアン

出演
永瀬 正敏、坂井 真紀
ツァオ・ヨウニン
大沢 たかお
葉 星辰、青木 健

   Story
 日本統治時代の台湾を舞台に、弱小チームを率いて見事甲子園出場を果たし、決勝まで進出した嘉義農林学校野球 部の実話を映画化したヒューマンドラマ。

 1929年、日本統治下の台湾で、近藤兵太郎(永瀬 正敏)は嘉義農林学校野球部の新監督に就任する。

 日本人、台湾育ちの漢人、台湾原住民の混成の、これまで1勝もしたことのない弱小チームは、 松山商業で選手、監督として鳴らした近藤の指導を得て、短期間にめきめき実力をつけていく。

 1931年、日本人のみの常勝チームであった台北商業を打ち負かし、嘉義農林はついに台湾代表チームとして甲子園出場を果たす。
 大方の予想をくつがえして、エースの呉明捷(ツァオ・ヨウニン)を軸に甲子園でも快進撃を続ける嘉義農林だったが…。


   Review
 全国高校野球大会で、戦前、台湾から甲子園に出場したチームがあったとは知らなかった。
 冒頭の入場行進シーンを見ると京城というプラカードがあることからも、台湾だけでなく朝鮮半島など日本統治下から代表校が出場していたことが分かり、 あらためて高校野球の歴史認識が広がった気がする。

 登場人物は永瀬正敏をはじめ日本人が多く、セリフの9割方が日本語、町には日本語の看板や標識が溢れている、という具合で、つい日本映画と思いそうになる。
 現地の俳優が話す日本語がややたどたどしかったり、現地語のセリフに字幕が出たりすることで、そうそう、これは台湾映画だったっけ、と気づいたりして・・・。

 さて、“KANO” という映画のタイトル、何のことかと思ったら、嘉義農林学校の略称だった。
 ここに野球部新監督として近藤兵太郎がやってくる。いつも苦虫を潰したような顔。口を開けば怒鳴るように命令 するだけ、という “扱いにくい” を絵に描いたような男だ。

 それでも野球に対する情熱と部員たちへの思いだけは本物だ。
 宴会で「日本人、漢人、台湾人の混成チームが強いわけがない」と揶揄されると、「野球に民族・人種は関係ない」と真っ直ぐに言い返す。 そうした近藤の人物像を永瀬正敏が味わい深く演じている。

 負けるのが当たり前の弱小チームの嘉農野球部。部員が、自分が振ったバットに球が当たって、驚いてぽかんと眺めるのに笑ってしまう。
 近藤に「なにしてる。走れ〜!」と怒鳴られて慌てて走り出す始末、これでは勝てるわけがない。

 しかしそれからの近藤のスパルタ特訓がもの凄い。グラウンドが西部劇の町みたいに荒れていて、雨が降ればグジャグジャのどろんこ、晴れれば風で砂ホコリが立つ。 そんな環境でも、はじめて野球らしい野球を体験し、懸命に練習する部員たちの姿に共感、ホロリとさせられる。

 可笑しかったのが、試合に負けて悔し泣きする部員たちに、近藤が「負けたからといって泣くな!」と怒鳴るのだけれど、 メキメキと力をつけた部員たちが強豪・台北チームに勝ち、甲子園出場を決めて嬉し泣きすると、今度は「勝ったからといって泣くな!」と怒鳴ることだ。

 じゃ、いつ泣いたらいいの? と思ったら、まさに部員たちがそう近藤にいうシーンが出てくる。 それは初戦敗退かとだれもが思う甲子園で破竹の勢いで勝ち進み、旋風を巻き起こした嘉農が、優勝決定戦でついに力尽き、名門・中京商に破れた時だ。

 みんなぼろぼろ涙を流しながら「僕たちはいつ泣いたらいいんですか」と近藤に聞く。
 主将でエースの呉明捷が指から血を流しながらも熱投を続け、そんな彼をチームが一丸となって支えて、もうベタといっていいほど感動的な試合が繰り広げられた後だけに、 このセリフはじつに効く。


 彼らの涙は、優勝を逃した悔しさでも、初出場にもかかわらず準優勝できた嬉しさでもなく、 近藤と部員たちがともに歩んできた道程への充実感、達成感、互いの間に築かれた絆、そうした諸々の思いの凝縮だったのだと思う。
 存分に泣け、と口では言わないけれど、近藤の思いが推し量られる、ちょっとユーモラスで、かつ胸がじんとする場面だ。

 嘉農の奮闘ぶりを伝えるラジオ中継に熱狂する嘉義の人たち・・・、台湾、韓国にもプロ野球があるのは知っているけれど、台湾の人たちがこんなに野球好きとは思わなかった。

 台湾の水利事業を指導した日本人技師・八田與一(大沢 たかお)や呉明捷の初恋のエピソードを整理したら、もう少し尺を縮められたのではないかと思うけれど、 それはさておき、なかなか面白かった。
  【◎△×】7

▲「上に戻る」



inserted by FC2 system