Story ジョン・スタインベックの同名小説をもとに、1930年代の経済不況の時代、社会の底辺で生きる男たちの友情と 悲劇を描いた舞台劇の映画化。 大恐慌時代のカルフォルニア。ジョージ(ゲイリー・シニーズ)とレニー(ジョン・マルコヴィッチ)は農場から農場へ渡り歩きながら、労働に明け暮れる日々だ。 ジョージは頭の切れる小柄な男、レニーは知的障害のある大男で、2人はいずれは自分たちの農場を持つという夢を持っている。 2人は次の仕事先のタイラー農場に到着するが、 雇い主の息子カーリー(ケイシー・シマーシュコ)は妻(シェリリン・フェン)と口をきく男に片端から嫉妬し、喧嘩を吹っかけていた。 ある晩、レニーが喧嘩を売られ、やり返したレニーは彼に大怪我を負わせてしまう。 農場のリーダー、スリム(ジョン・テリー)の機転でその場は事なきを得るが・・・。 Review 社会のはみ出し者の男2人が奇妙な友情を育みながら肩を寄せ合って生きていく、というとすぐ思い出すのが、『真夜中のカーボーイ』(69) と『スケアクロウ』(73) だ。 どちらも本作と同じく大男と小男の組み合わせ。ただ本作は、大男レニーが知的障害を持っているところがストーリーを独特のものにしている。 大男のレニーと小柄で物知りのジョージは農場から農場へと一緒に各地を渡り歩いている。 2人の関係はよく分からない。 ジョージが農場仲間に語った断片から推し量れるのは、2人は幼なじみで、レニーを世話していた叔母さんが亡くなった後はジョージが彼の面倒を見ている、ということくらいだ。 レニーは軽い知恵遅れがあり、そのために行く先々でトラブルを起こす。 幼児のような単純な好奇心でやったことでも、見た目は一人前の男だから、相手は驚き、時に恐怖を感じる。 そんなことで騒ぎになり、せっかく馴れた農場を逃げ出さなければならなくなるのだ。 そんなレニーをジョージは時に自分を縛る足枷のように重荷に感じるけれど、他方で無垢で純真な彼を弟のように愛してもいる。捨てるに捨てられない腐れ縁だ。 一方レニーも、なぜか分からないけど自分がいつも面倒を起し、ジョージに迷惑をかけることは分かっている。 だから一生懸命にジョージの言いつけを守って “いい子” になろうとする。 そんな2人の結びつきが胸が痛くなるほど哀しくて、そしてなんとも言えず温かい。 住む場所も家族もなく、農場を渡り歩く2人の行く末を思わせるのが、老雇われ農夫キャンディ(レイ・ウォルストン)だ。 怪我をして右手首がない彼は、契約が切れ、次の雇い主が現われなければ野垂れ死にするほかはない。 老いた姿から先行きの見えない人生の頼りなさが惻々と伝わってくる。 彼の不安はジョージやレニーのような渡り労働者はみな抱えていた心許なさだったに違いない。 それだけにジョージとレニーが繰り返し語り合う、金を貯めて自分たちの農場を持つ、という夢は、2人にとって今日1日を生きる切実な糧であっただろうと思う。 ジョージにはじつは安い売り値の農場の当てがあった。同時にそれが自分たちには現実味のない話であることも承知していた。 しかし、嬉々として何度でも農場を持つ夢を聞きたがるレニーの無邪気さに励まされ、希望を持ち直していただろうとも思う。 そんな時に思いがけずキャンディが「一口乗せてくれ」と話に加わってくる。なんと彼は生涯をかけて多少の金を貯めていたのだ。 農場を買う夢がほんの少し実現可能に近づいた・・・。 ジョージ、レニー、キャンディの3人が終(つい)の棲家となる農場で家族のように仲良く暮らすさまが目に浮かび、なんとも言えない気持ちになる。 しかしストーリーに通奏低音のようにたえず不穏な緊張をもたらすのが農場主の息子カーリーとその妻だ。 そしてある日、とうとう農場の納屋で飛んでもない事件が起こる。 姿を消したレニーを探して、カーリーが率いる捜索隊とは別に、ジョージは心あての場所に行く。 そしてたしかにレニーは彼との約束を守ってそこに隠れていた、自分が起こした騒ぎの本当の意味も分からずに。 キャンディの病んだ老犬の哀れな末期が、よもやここでの伏線になっているとは思わなかった・・・。 社会の弱者は安住の地を持つことすら叶わないのだろうか・・・。オープニングとラスト、夜汽車に乗ったジョージの目が深く暗い悲しみを宿す。 ゲイリー・シニーズ、ジョン・マルコヴィッチがほんとに上手い。クールなジョージ、無心なレニー、対照的な人物を造形して2人とも素晴らしかった。 【◎○△×】7 |