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ビザンチウム


2012年  イギリス/アイルランド  118分

監督
ニール・ジョーダン

出演
シアーシャ・ローナン
ジェマ・アタートン
サム・ライリー
ダニエル・メイズ
ジョニー・リー・ミラー
ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ
トム・ホランダー(ノンクレジット)

   Story
 『マイケル・コリンズ』『ことの終わり』などの鬼才ニール・ジョーダン監督が、『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』からほぼ 20年ぶりに手がけたバンパイア映画。
 過酷な宿命を背負いながら永遠の命を生きるバンパイア母娘の愛と苦悩を描く。

 16歳の少女エレノア(シアーシャ・ローナン)と8歳年上のクララ(ジェマ・アタートン)は街から街へ漂うような暮らしを続け、 海辺の寂れた保養地にたどり着く。

 クララは街で出会ったノエル(ダニエル・メイズ)のもとにエレノアとともに身を寄せ、彼の所有するゲストハウスで娼館を営み始める。
 一方、エレノアは難病で余命わずかな若者フランク(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)と知りあい、淡い想いを寄せ合う。

 姉妹に見えるクララとエレノアだが、じつは母娘で、2人には口には出せない大きな秘密があった・・・。


   Review
 稲作人間の日本人の私からすると「血を吸う」という行為は生々しくて、バンパイアものはつい引いてしまうけど (その割にけっこうチョコチョコ見てますが)、 本作の主人公エレノアは同じ血を吸うのでも葛藤を伴うところが従来の吸血鬼ものと違っている。

 オープニングのエピソードが本作の特徴を印象的に表していて、心惹かれた。

 エレノアは誰にも語ることのできない秘密をノートに書き留めては、紙片を引きちぎって窓から捨てる。
 誰も読むはずのないその紙片を拾う老人がいる。彼は書かれた驚くべき内容を荒唐無稽の作り話とは思わず、まっすぐに信じる。
 そしてエレノアを自室に招き入れると、「もう十分に生きた。準備はできている」と告げて彼女に血を提供し、静 かに死んでいく。

 その時に老人の口から語られる物語が切なく、そして美しい。
 彼は兄の妻を生涯かけて愛しぬいたという。しかし、そのことを兄はもちろんその妻本人も知らず、兄たちは睦まじい夫婦だった。

 報われることのない純愛を貫き、孤独の中で死んでいく老人、そしてその死を手伝う (ために彼の血を吸) エレノア。

 エレノアが血を吸うのはいつも自分から死を望む人たちだ。その時にエレノアが呟くのが「あなたに平安を。光に導かれますように」という祈りにも似た言葉だ。
 シューベルトの “夜と夢” を聞きながら息を引き取る老女は、そんなエレノアを「天使」という。 吸血鬼のエレノアは恐ろしい怪物ではなく、死にゆく孤独な魂に寄り添う天使なのだ。そのイメージが新鮮だ。

 本作には生きる力を失った寂しい人ばかりが登場する。
 母の残した古びたホテルにクララとエレノアを住まわせ、クララが娼館として使うのを許してしまうノエル、 エレノアの正体を知り、それでも恋に落ちる白血病のフランク・・・。

 そして背後に広がる光景も、果てしなく続く人気のない遊歩道、海辺の突堤に建つうら寂れた倉庫、けばけばしい装飾がなぜか悲しい遊園地、 とどれもみな侘しく寂しい。

 エレノアは嘘を抱えて生きるのがつらい。真実を語りたい。誰かに本当の自分を知ってもらいたい。
 けれど母のクララは200年前、自ら望んで絶海の孤島の神殿で血の儀式を受け吸血鬼になっただけに、覚悟が座っている。 正体を知ったものは容赦なく血を吸って殺してしまう。


 それでも娘エレノアを守るという思いは本物だ。
 クララは結核を病んで余命わずかと知って自ら吸血鬼となったけれど、不死の孤独に耐えられず、エレノアを島の神殿に連れて行って自分と同じ吸血鬼にしてしまった。 その罪責感だけでなく、娼婦の彼女がエレノアを産み落としたいきさつを見ても、もともと母性愛の強い女性だったのが分かる。

 終盤、吸血鬼の秘密組織に捕らえられたエレノアを救うために、彼らの車を追いかけて襲う迫力は凄まじい。
 そして救出後、クララはエレノアを自分のもとから解放し、200年前からの因縁の男性、ダーヴェル(サム・ライリー)と新しく歩み始める。

 一方、エレノアはかつて母にそうされたようにフランクを島の神殿に連れていき、彼に不死の命を与える。

 一見ハッピーエンドのラスト。 けれども、クララもエレノアも (そしてダーヴェル、フランクも) 周囲の不審を招かぬように転々と居場所を変えながら、延々と生き続けなければならない。
 “滅びの美” を知る日本人にとって、“不老不死” とは果てしなく広がる不毛の荒野を行くことのように思える。なんと苦しく悲しいことだろう・・・。
  【◎△×】7

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