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岸辺の旅


2015年  日本/フランス  128分

監督
黒沢 清

出演
深津 絵里、浅野 忠信
小松 政夫、村岡 希美
蒼井 優、柄本 明、奥貫 薫

   Story
 『夏の庭 The Friends』の原作者でもある湯本香樹実(かずみ)の同名小説を、『トウキョウソナタ』の黒沢清監督が映画化。 3年前に行方不明になった夫が死者となって帰宅し、空白の時間を取りもどすように、夫が死後に旅した 場所を夫婦で訪れる姿を描くロード・ムービー。

 3年前に失踪した夫・優介(浅野 忠信)がある日ふいに帰ってきて、妻・瑞希(深津 絵里)に、自分は富山の海で死んだと語る。

 驚きながらも静かに受け入れた瑞希は、誘われるままに、一緒に優介が死んでから世話になった人たちを訪ねる旅に出る。

 新聞販売店の老人(小松 政夫)、小さな食堂を営む夫婦、山村の農家の家族らを訪ね歩く2人。 失った時間を取り戻すように睦まじく旅を続け、たがいの絆を深めていく2人だったが、別れの時は近づいていた・・・。


   Review
 死人が成仏せずにこの世をウロウロする話というと、勅使河原(てしがわら)宏監督の『おとし穴』(62) を思い出す。
 死者からは死者も生者も見えるのに、生者からは死者が見えない。それが時に不気味だったりユーモラスだったり、妙な気分にさせられた。

 一方、死者の優介が、生者である妻・瑞希とともに、死んでから世話になった人を訪ねて歩くという奇妙な趣向の本作は、死者も生者もたがいを見ることができる。 死者の醸し出す不穏と静謐が、生者の生温かさと入り混じる、ちょっと不思議な感覚の映画だ。

 2人が訪ね歩く人たちがユニークだ。まず新聞販売店の島影。彼は自分が死んでいることにまだ気づいていない老人だ。 妻が突然家を出ていったことが彼の心の傷になっているらしい。
 ほんとは妻は影島が亡くなったためにこの家を去っただけなんだけど、どうやらその未練が彼をこの世に引き止めているようなのだ。


 彼が優介に「近頃来い来いって (あの世に) 呼ばれている気がする」というのに笑ってしまったけど、 妻の頭にすき焼き鍋を投げつける (壮絶な) 夫婦喧嘩を打ち明けて心の重荷が降りたのか、翌朝彼は彼岸に旅立っていく。

 新聞販売店の床には枯れ葉が吹き溜まり、島影が壁に貼り付けていたたくさんの花の切り抜きが、色褪せて、ハラハラと崩れ落ちる。 主(あるじ)を失い荒廃した住まいに、無常の風が吹きすぎていく。

 小さな食堂では、ピアノ講師の瑞希が何気なく練習曲を弾いたことがきっかけで、店主の妻・フジエ(村岡 希美)が幼くして急逝した妹 (の幽霊) と再会する。 そして亡くなる直前に妹をひどく叱ってしまったことへの、フジエの長年抱き続けてきた悔いと苦しみが癒やされる。

 山村農家の主人・星谷(柄本 明)は、息子の嫁の薫(奥貫 薫)がじつは幽霊ではないかと思っている。 じっさい薫は生気がなく、いつも心ここにあらずといった風情だ。死者といわれればそう見えなくもない。

 それでもふつうは目の前にいる人間を「この人、ほんとは死んでるんじゃない?」なんて思わない。
 この村には、あの世に通じるといわれる洞窟のある滝壺がある。そんな言い伝えと奥深い山村の環境が、彼の心性に影響しているのだろうか・・・。

 星谷は、息子が亡くなり、その遺体を確認しにいった嫁まで様子がおかしくなった。 これ以上変なことが起きないでほしい、そういう自分の気持が薫をこの世に留まらせている、という。

 では、薫がまるで死者のようなのはなぜなんだろう。
 終盤、夫 (の幽霊) が姿を現わし、薫をあの世に強引に連れて行こうとする場面がある。 それまでも彼はこうして妻につきまとって、薫は半分あの世に行きかけていたのかな、と思ったりもする。

 この映画に描かれるのは死者と生者のさまざまな関わりだ。
 瑞希が「あの人も?」と聞くと、優介が「いや、あの人は違う」という。その人が生者か死者か分かるのは死者だけ、というのは当然のようでもあり、不思議な気もする。
 そして失踪した夫が突然戻ってきて、自分はもう死んだ、と告げた時、瑞希が少しも驚かなかったことも。

 瑞希は夫の浮気相手(蒼井 優)に会いに行ったりして、十分にこの世の生臭さを生きているけれど、死者の世界をなんの違和感もなく感じながら生きているようにも見える。 そして優介との別れの時が近づくと、それも静かに受け入れる。

 優介と瑞希は失った時を取り戻すように旅をし、愛を深め、たがいの喪失の悲しみを癒やしていく。
 死者は決して「あの世」という遠いところにいるのではなく、つねに身近にいる、・・・そんな生と死のあわいに漂う静謐な空気が透明な余韻を残す映画だった。
  【◎△×】7

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