Story 2度の記憶喪失の悲運を超えて真実の愛を育てた男女の恋愛ドラマ。 1918年、第一次世界大戦の後遺症で記憶を失った兵士スミス(ロナルド・コールマン)は、 治療のために収容されていたメルブリッジの病院を抜け出しさまよっているところを、旅巡り一座の踊り子ポーラ(グリア・ガースン)に助けられる。 デヴォンの田舎に落ち着いた2人は結婚し、子供をもうけ、幸せな日を送っていたが、ある時、スミスは仕事のことでリバプールへ赴く。 ところが雨の街路で転倒、現在までの3年間の記憶を失う代わりに、それ以前の過去の記憶を取り戻す。 自分がチャールズ・レニエであることを思い出した彼は実家に戻り、亡父の跡を継いで実業界で活躍し始める。 一方、子供を亡くしたポーラはスミスの行方を探し、チャールズであることを突き止める。 そして彼が秘書を募集していることを知ると、マーガレットと名を変えて採用され、秘書として彼を支えるが・・・。 Review 以前、タイトルがそっくりな『心の旅』(91) を本作と間違えて見てしまった私としては、やっと本命にたどり着いた訳だけど、 よもや主人公が2回も記憶喪失になるとは思わなかった。 その上、2回ともまるで消しゴムで消したように、見事なほど主人公の記憶から過去の痕跡が消え去ってしまう。 それでも主人公は悩んだり苦しんだりする様子がない。 あっけらかんとした大まかさはいささか物足りない反面、ハリウッド全盛期の大らかさとでもいったらいいのか、時代性を感じたりもする。 “コールマン髭” で有名なロナルド・コールマン、なるほどきれいに整えられて口ひげがかっこよく、とてもハンサムだ。当時人気があったのが頷ける。 グリア・ガースンは眼がキラキラと輝いて、(顔立ちは幾分おばさんっぽいけど) とても綺麗だ。 2人とも本作製作当時もう十分中年だったようで、前半はラブロマンスを演じるにはやや薹(とう)が立っているものの、後半名実ともに中年の役になると、 流石にサマになっている。 ストーリーはかなりご都合主義。戦争後遺症で記憶喪失となった “スミシー” ことジョン・スミスは2度目の記憶喪失でかえってそれ以前の記憶が戻り、 資産家の御曹司チャールズ・レニエと分かって亡父の事業を引き継ぎ、さらに政界に進出してトントン拍子の出世をする。 その上、血は繋がらないとはいえキュートな義理の姪(スーザン・ピータース)と婚約までする。あんまりうまくいき過ぎて、見ているこっちはちょっと置いてきぼりを食う感じだ。 そこに突然登場するのが秘書のマーガレット。彼女が何と1回目の記憶喪失時に結婚した妻のポーラなのだ。 夫が失踪してからの苦節10年はサラリと彼女のセリフで語られるだけ。スミシーの行方を探し、彼がチャールズと分かってからは秘書として支えるひたすらぶりにホロリとする一方、 有能な秘書が妻ポーラとちっとも気づかないチャールズにイリイリさせられる。 でもじつはこれが終盤の感動を呼ぶ仕掛けにもなっている。 やがてレニエ商会の持ち会社の1つ、メルブリッジの工場で大規模なストライキが起きる。 社長のチャールズは現地にでかけて事態を収拾し、喜びに湧く町を歩いている時、ふとタバコを吸いたくなる。 随行の部下に「そこの角にタバコ屋が (あるから)」というチャールズに、「え?」という部下の表情が絶妙。 タバコを買った後、「ここは初めてでしたよね」と聞く部下、「そうだよ」「でもタバコ屋の場所をご存知で」、 今度はチャールズが「え?」と訝(いぶか)しげ。 そして「メルブリッジ・・・」と呟きながら濃霧に包まれた町を見回す。記憶の歯車がゆっくり回り始めたのだ。 チャールズとポーラがそれぞれにかつて暮らした郊外の家にたどり着くラストシーン。 チャールズは、なぜかいつも肌身離さず身につけていた鍵を取り出して、戸口の鍵穴に当ててみる。ピタリとはまって戸が開く。そっと押すと、向こうに見えるのは懐かしい居間。 その様子を木戸に立つポーラ見つめている。万感の思いを込めて「スミシー!」と呼びかけるポーラ。 振り返ったチャールズの口からこぼれ出るのは、秘書マーガレットではなく「ポーラ!」という妻の名。 とてもシンプル。それだけに、くっきりと立ち上がり押し寄せてくる2人の愛の記憶に思いがけず感動、そして本作が名作として名を残したのはこのラストの故なのだと納得した。 【◎○△×】7 |