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ノー・エスケープ 自由への国境


2015年  メキシコ/フランス  88分

監督
ホナス・キュアロン

出演
ガエル・ガルシア・ベルナル
ジェフリー・ディーン・モーガン
アロンドラ・イダルゴ
マルコ・ペレス
ディエゴ・カターニョ

   Story
 『ゼロ・グラビティ』などのアルフォンソ・キュアロンがプロデューサーを務め、息子のホナス・キュアロンが初監督に挑んだサバイバル・サスペンス。
 灼熱の砂漠の国境地帯を舞台に、アメリカへ不法入国を試みるメキシコ移民と彼らを狙う襲撃者の攻防を描く。

 メキシコとアメリカの国境地帯に広がる荒涼とした砂漠を、メキシコ人の一団が歩いている。
 モイセス(ガエル・ガルシア・ベルナル)やアデラ(アロンドラ・イダルゴ)など、アメリカへの不法入国を図る移民たちだ。

 国境を越えアメリカに足を踏み入れた一団を、突然、どこからともなく銃弾が襲う。わけが分からず必死に逃げる移民たち。

 モイセスらわずかに残った生存者たちも、謎の襲撃者(ジェフリー・ディーン・モーガン)の執拗な追跡に、一人また一人と数を減らしていく。 摂氏50度、水も武器もない絶望的な状況で、彼らを待ち受ける運命は・・・。


   Review
 不法移民を扱った映画というと思い出すのが『闇の列車、光の旅』(09) だ。 中南米からアメリカを目指す人たちが、列車の屋根に乗って北へ向かう姿が強烈なインパクトだった。

 国境近くなって検閲の厳しい駅に近づくと、蜘蛛の子を散らすように飛び降り、巡視隊の目を逃れる。屋根の上を逃げまどって、転落死する人もいる。 不法入国が死と隣り合わせのいかに危険なものであるかがまざまざと感じられた。本作で描かれるのもまさにこの点だ。

 しかし『闇の列車、光の旅』で丁寧に描かれた主人公たちの人物像や人間模様、本国での暮らし、不法移民せざるを得ない事情・・・、そうした描写は本作では一切ない。
 映画としてのストーリー性を排して、国境を越えるというただ一点に特化しているのが特徴だ。

 十数人の男女を乗せたトラックが砂漠をゆく。メキシコからの不法移民の一団だ。 ところがトラックが故障してしまい、一団は歩いてアメリカの国境を越えなければならなくなる。


 といっても国境には柵に有刺鉄線が張ってあるだけだ。一団は有刺鉄線を持ち上げてくぐり抜け、あっさり越境してしまう。
 広大なアメリカとメキシコの境界すべてに厳重な見張りや壁を設置できるはずもないのだけど、 国境越えというとなにか大仰なイメージを持ってしまう私には、ちょっと虚を衝かれるあっけなさだ。

 しかし先にはまだまだ荒野が続く。灼熱の太陽に照らされながら、移民たちは歩き続ける。
 そんな彼らを高台でじっと見つめる男がいる。そして手にしたライフルで照準を定めると狙撃し始める。

 空漠と広がる荒野のどこからともなく飛んでくる銃弾、・・・まさに青天の霹靂だ。移民たちは驚き、必死に逃げるけれど、一人また一人と撃ち殺されていく。
 ライフルで仕留めそこなった時は、男の猟犬が逃げる移民を追いかけ、襲いかかり、首を噛み裂く。

 この男が何者かという説明は一切ない。「ここはおれの国だ。だれにも邪魔させない」という言葉が唯一、男の内面を窺わせるだけなのが不気味だ。

 彼の銃撃は不法移民を追い返すための威嚇ではなく、撃ち殺すことを目的にしているから、容赦がない。
 不法入国とはいえ、移民する側の恐怖をこれほど端的に描いた映画も珍しい気がする。

 移民は歩く速さでいつしか二手に分かれていたので、遅れたグループは高台からこの殺戮を目撃し、謎の狙撃者からの逃走を図る。

 移民グループには水も、身を護る武器もなく、移動手段は自分の足を頼るほかはない。一方、狙撃者には車、銃、そして鋭い嗅覚を持つ猟犬がいる。
 とくにバネのようにしなる身体で宙を飛び、砂埃を上げて、どこまでも執拗に追ってくる猟犬の迫力は、ただただ「怖い」の一語だ。

 男の目をくらますことができても、猟犬の嗅覚をかわすことは不可能だ。そんな極限状況の中で、主人公モイセスは思いがけない方法で窮地を脱する。
 こうして猟犬を撃退し、モイセスと男の岩山を舞台に繰り広げられる息づまる逃走・追跡劇。ほんの小さな物音が命取りにつながる緊迫感に最後までハラハラさせられる。

 逃げる移民たちと追う狙撃者。構図はごくシンプル。にもかかわらず、画面にみなぎる硬質なスリルに圧倒される。 高いエンターテインメント性に脱帽だ。とはいえ、トランプ政権下の今、絵空事とは思えないリアリティを感じさせられるのが怖いと思った。
  【◎△×】7

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