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ル・アーヴルの靴みがき


フィンランド/フランス/ドイツ
2011年  93分

監督
アキ・カウリスマキ

出演
アンドレ・ウィルム
カティ・オウティネン
ジャン=ピエール・ダルッサン
ブロンダン・ミゲル、エリナ・サロ
イヴリーヌ・ディディ
クォック=デュン・グエン
フランソワ・モニエ
ロベルト・ピアッツァ

   Story
 フィンランドの巨匠アキ・カウリスマキ監督による北西フランスの港町ル・アーヴルを舞台にした心温まる人情ドラマ。 ヨーロッパにとって深い関係の難民問題について問いかける “難民三部作” の第1作。

 北西フランスの港町ル・アーヴル。

 昔パリで芸術家として暮らしていたマルセル(アンドレ・ウィルム)は、今は靴みがきの仕事をしながら、 愛妻アルレッティ(カティ・オウティネン)とつましいながらも満たされた日々を送っている。

 ある日、アルレッティが倒れて入院してしまう。

 そんな中、マルセルはアフリカからの密航で警察に追われる少年イドリッサ(ブロンダン・ミゲル)と出会い、彼をかくまうことにする。 ロンドンにいる母親に会いたいというイドリッサのために、密航費を工面しようと奮闘するマルセルだったが・・・。


   Review
 冒頭、靴みがきの男が2人並んで突っ立っている。主人公マルセルと相棒のベトナム移民のチャング(クォック=デュン・グエン)だ。 客が立ち寄りやすいように道具箱にでも腰掛けて客待ちしたらいいのに、とそのぶっきらぼうさにプフッとしてしまう。

 一見大したドラマもなく、坦々と言葉少なく、登場人物たちの動きも少ないカウリスマキ作品を、私はよく “仏頂面の映画” と冗談めかしていうけれど、 その仏頂面の中には何ともいえないユーモアと温かさが漂う。本作もそんなカウリスマキ節(ぶし)が味わえる一作だ。

 マルセルが仕事から帰ると、女房アルレッティは、食事ができるまで飲んでおいで、と小銭を渡す。 マルセルは近所のバーで男たちのお喋りに耳を傾けながら、マダム(エリナ・サロ)と世間話をする。

 アルレッティはそんな亭主のささやかな楽しみが分かっているし、マルセルも女房が分かってくれているのを知っている。 夫婦の阿吽(あうん)の呼吸にふんわりした気持ちになる。
 

 マルセルと近所の住人たちとのやり取りもユーモラスだ。
 ツケ買いばかりのマルセルに、パン屋のイヴェット(イヴリーヌ・ディディ)は文句たらたら、 八百屋のジャン=ピエール(フランソワ・モニエ)は慌てて店のシャッターを下ろして閉店の振りをしたりするけれど、ほんとは互いに心を許した友人同士なのだ。

 だからアルレッティが病に倒れた時は、イヴェットは深夜なのに車を出してくれるし、マルセルが不法移民のアフリカ人少年を匿っていることを知ると、 2人とも当たり前のように力を貸す。

 少年の密航費の工面に苦労するマルセルのために慈善コンサートを開くリトル・ボブ(ロベルト・ピアッツァ)も、 八百屋の屋台に少年を隠して港の船まで運ぶチャングも、みんないい人ばかりだ。

 そして、密告者の情報でマルセルをしつこく付け回し、無情に捜査・尋問を繰り返すモネ警部(ジャン=ピエール・ダルッサン)さえも、 行動・表情の隙間から人の良さが見え隠れする。

 カウリスマキ監督らしくストーリーはポン・・・、ポン・・・、と跳んで細かく説明したりはしないから、こちらが想像で埋めていかないといけないけれど、 その分、余白の味わいが深くなる。

 善意の行動に説明 (=理由) はいらないのだと思う。だからこそ、最後に起きる2つの奇跡がじんわり胸に沁みてくるのだろう。

 知事から直接ハッパをかけられたモネ警部、彼は多分、これで長年積み重ねた実績をオジャンにしちゃったんだろうな・・・、でも、きっと後悔しないと思う。
 アルレッティの病気は、ベッケル医師の「残念ながら」のセリフにクスッとしてしまったけど、きっと誤診だったんだ・・・。

 難民キャンプが排除されるニュース映像が挿入されて、今ヨーロッパで深刻になっている難民問題がテーマになっているけれど、 鑑賞後に残るのは、ありふれた日常を送るふつうの人々の心に息づく無償の善意だ。
 それが心の琴線に触れ、人を動かし、奇跡につながっていく・・・。これはいつの時代にも共通する普遍のテーマではないかと思う。

 病院にアルレッティを迎えに行ったマルセルが、黄色い服を包んだ紙包みがそのままベッドに載っているのを見た時、思わず「あー・・・」と吐息の出た私、 それだけにラストの2人が見つめる庭先の桜がやさしく目に染みた。
  【◎△×】7

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