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最愛の子


2014年  中国/香港  130分

監督
ピーター・チャン

出演
ホアン・ボー
ヴィッキー・チャオ
ハオ・レイ
トン・ダーウェイ
チャン・イー

   Story
 中国で実際に起きた子供誘拐事件をもとに映画化。社会背景を取り入れながら、我が子を奪われた両親と育ての親となった誘拐犯の妻に焦点を当て、 子を思う痛切な親の気持ちを描く。

 2009年7月、中国、深(しん)せんでネットカフェを営むティエン(ホアン・ボー)は、離婚後親権をとった3歳の 息子ポンポンと暮らしている。
 ある日、友達と遊びに出たポンポンが何者かに連れ去られてしまう。

 ティエンは警察に捜索願いを出し、元妻ジュアン(ハオ・レイ)と「(行方不明児の) 親の会」に入り、 仲間とともにテレビやインターネットを通じて必死に捜索し続けるが、消息はつかめない。

 3年後、2人は情報を頼りに、深(しん)せんから遠く離れた農村でついに我が子を発見する。

 しかし6歳になったポンポンは育ての親であるホンチン(ヴィッキー・チャオ)を実の母と思い、離れたくないと、ティエンとジュアンを激しく拒む。 ホンチンは、1年前に死んだ夫が連れてきた子供を慈しんで育てていたのだった・・・。


   Review
 なにごともなく流れる平穏な日々・・・、それは幸せの証だ。 そんな日常にある日突然裂け目ができ、そこに落ち込みでもしたように、子供がいなくなる。
 昔なら「神隠し」と呼びそうなこんな出来事に見舞われたら・・・、親の心情は思うだけで胸が潰れそうになる。

 それでも日本なら人さらいとは思わない。
 どこかで迷っているのではないか、どれだけ不安がっているだろう、と必死に捜索するけれど (2018年夏、 数日かかっても見つからなかった幼児が駆けつけたボランティアの老男性に無事発見され、日本中が安堵したのは記憶に新しい) 、 中国では児童売買目的の誘拐が多く、一説では年間20万人もの子供が行方不明になっているそうだ。

 「(行方不明児の) 親の会」があるのも、こうした事件が珍しくないことの表われなのだろうか。
 今どき? 日本にこんなに近い国で? とショックを覚える。

 3歳のポンポンがいなくなった時、父親ティエンがすぐに長距離列車の発着駅に駆けつけるのも、ここが誘拐犯の逃走駅として知られていたからだろう。

 ティエンはテレビやネットを駆使して、我が子に関する情報を寄せてくれるよう呼びかける。 「桃は食べさせないで。アレルギーだから」と誘拐犯に訴える親の情にホロリとさせられる。

 そんな中、報奨金目当てに親を食い物にしようとする輩が多いのにもショックを受けた。
 偽情報で金を振り込ませようとするのはまだマシなほうで、報奨金を強奪しようと数人がかりでティエンを追い、取り囲み、ティエンは危うく命を落としかけたりもする。

 3年後、有力な情報が入り、ティエンとジュアン (元妻で、ポンポンの母親) は遠く離れた農村で我が子を発見する。 感激的な親子の再会―大団円―、と思いきや話は思いがけない方向に進展する。

 誘拐犯はすでに死亡し、妻ホンチンは夫が連れてきた子供は不妊症の自分のために夫がよその女に産ませた子供だと信じて疑わず、大切に育てていたのだ。 ある日突然愛する我が子を奪われてしまう、という点では、ホンチンは3年前のティエン、ジュアンと少しも変わらない。

 さらに悲劇なのは、誘拐時3歳だったポンポンには実の両親の記憶がなく、ホンチンこそが母であることだ。 彼にとっては突然現われた見知らぬ人たちに引き渡されたのと同じになってしまったのだ。

 こうして後半、映画は血はつながっていないとはいえ、なりふり構わず子供を取り戻そうとするホンチンに焦点が移り、 親子の愛・親子の絆とは何か、という時代・国境を超えた普遍的な問いが投げかけられる。

 もう1つ印象的だったのは、「(行方不明児の) 親の会」のリーダー、ハン(チャン・イー)の妻が身ごもり、夫婦で役所に出産許可証を貰いにいくエピソードだ。 そこで彼らは第一子の死亡証明書を出すようにいわれる。
 死んだことが証明されなければ次の子は産めない、中国の一人っ子政策ってそういうことなのか・・・、と唖然とする。

 ハン夫婦は行方不明の我が子が死んだとは思っていない。だからこそ、6年経った今も一縷の望みを抱いて探し続けている。しかし、お役所は「規則だから」とにべもない。
 この結末を映画は描いていないけれど、この政策の持つ非人間性にあらためて驚かされる。

 児童売買、一人っ子政策、さらに都会と農村の格差など中国が抱える矛盾や不条理が重層的にあぶり出され、見応えがあった。
  【◎△×】7

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