HOME50音表午後の映画室 TOP




ゼロの未来


イギリス/ルーマニア/フランス/アメリカ
2013年  107分

監督
テリー・ギリアム

出演
クリストフ・ヴァルツ
デヴィッド・シューリス
メラニー・ティエリー
ルーカス・ヘッジズ
マット・デイモン
ティルダ・スウィントン

   Story
 『未来世紀ブラジル』『12モンキーズ』などで知られるテリー・ギリアム監督が、コンピューターに支配された近未来を舞台に、生きる意味を問いかけるSFドラマ。

 コンピューター技師のコーエン(クリストフ・ヴァルツ)は、社会を支配する巨大企業マンコム社で働きながら、いつかかかってくるはずの大事な電話を待ち続けている。
 それは彼に人生の意味や生きる目的を教えてくれるはずのものだ。

 会社に掛け合って、住まいとしている荒れ果てた教会での在宅勤務を勝ち取ったコーエンは、その代わりとして “ゼロの定理” の解明を命じられる。

 ある日、上司の管理官ジョビー(デヴィッド・シューリス)の誘いでパーテイに参加したコーエンは、魅力的な女性ベインスリー(メラニー・ティエリー)と出会う。

 さらに社長 “マネージメント”(マット・デイモン)の息子のボブ(ルーカス・ヘッジズ)と知り合ったことで、コーエンの生活は大きく変化し始める・・・。


   Review
 かかってくるはずのない電話を待ち続けて、人生の大半を無意味に過ごす・・・、でその電話は、生きる意味、人生の目的、を教えてくれるというのだ。

 人は何のために生きるのか、生きがいとは何か、理想的な人生とは云々、・・・こうしたことを一度も考えたことがないっていう人はいないかもしれない。 けれども大抵は日々の暮らしに追われ、その時どきの興味に紛れていつか卒業していく。
 しかし真剣に思い悩み、そのために人生を無為に過ごしてしまったとしたら、これ以上のパラドックスはない。

 舞台は、けたたましいほどに色彩があふれるレトロフューチャーな近未来の街。 動く広告がしつこくどこまでも通行人を追いかけ、巨大なスクリーン広告がのべつ行き交う人に話しかける。
 追い立てられるように職場にたどり着けば、待っているのは、個人別に仕切られたボックス内でペダルを漕ぎながら、コンソールを操作する仕事だ。

 主人公コーエンは無機質なモニターを前にして、エンティティ解析なるものを延々と続ける。
 その間も家にかかってくる電話が気になって仕方ない。

 社長の “マネージメント” に掛け合って在宅勤務を勝ち取るけれど、代わりに命じられるのが「ゼロの定理」の証明だ。
 しかしどれほど頑張っても、「ゼロは100%であるべき」という命題をコーエンは証明できない。

 本作を見ていて思い浮かんだのが、サミュエル・ベケットの戯曲「ゴドーを待ちながら」だった。田舎の一本道で2人の男がゴドーという男を待ち続ける。ただそれだけの話だ。
 ゴドーは来るのか来ないのか、分らない。来るのならいつ来るのか、そもそもゴドーという男が本当に存在するのかさえも分らない。

 コーエンはかかって来るのかどうか分らない電話を待ち、かつ “ゼロ” という証明不能の “永遠” を解明しようとする。 意味を求めて無意味なことをし続ける彼と、ゴドーを待つ男たちの状況がそっくりだな、と思ったのだ。

 「ゴドー」に触媒となる人物が登場するように、本作にも2人の人物が登場する。1人は娼婦のベインズリーだ。

 彼女はコーエンの内面 (=虚無) をキャッチし理解した初めての人間じゃないかと思う。「今のがあなたの心の中? “無” を抱えてよく生きられるわね」という言葉はとても優しい。 「その日を生きるだけ」と本心を吐露するコーエン。コンピューター仮想空間のデートで2人の心はそっと触れ合う。

 もう1人は “マネージメント” の息子で15歳の少年ボブだ。彼は自分も含めて、人はすべて “ボブ” という名で記号化するけれど、じつは強烈な自我を持つ。


 管理官ジョビー、ベインズリー、コーエンのセラピストのシュリンク=ロム博士(ティルダ・スウィントン)、 みな “マネージメント” の「道具」だ。もちろんコーエンも、とボブはいう。
 でも自分は「道具」じゃない。父でありコンピューター社会の支配者でもある “マネージメント” の命令を自分は拒否した、と語る。

 彼らとのこうした交流の中で、恐る恐るコーエンは外界に心を開いていく。
 終盤、電話が鳴ってもコーエンは取ろうとしない印象的なシーンがある。彼はもう電話を待っていない。 自分を “我々” と称していたコーエンが、いつしか “私” といっているのも彼の変化の証だ。

 微笑を浮かべて巨大な “虚無” の渦に身を投じるコーエン。 それは彼の現実への回帰? それとも死? パラドックスから抜け出したコーエンのたどり着く先は「何」あるいは「何処」なのだろう・・・。

 ベインズリーとデートした仮想空間内の南洋の島の浜辺に立つコーエンは、寂しそうでもあり幸せそうでもあり、不思議な余韻が残った。
  【◎△×】7

▲「上に戻る」



inserted by FC2 system