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人生タクシー


2015年  イラン  82分

監督
ジャファル・パナヒ

出演
ジャファル・パナヒ

   Story
 カンヌを始めとする世界三大映画祭の受賞経験を持つ、『チャドルと生きる』(10) のイランの名匠ジャファル・ パナヒ監督。

 彼はイラン政府への反体制的な行動によって、2010年から20年間、映画を撮ることを禁止されている。

 そんなパナヒ監督が自らタクシー運転手に扮し、テヘランの町を走りながら、 次々と乗ってくる乗客たちの姿とその会話を、ダッシュボードに設置した隠しカメラで撮りあげた異色作。

 テヘランに暮らす人々の人生模様をユーモアを漂わせながら軽やかに描き出し、ベルリン国際映画祭最高賞の金熊賞を獲得した。


   Review
 街の交差点をさまざまな人たちが行き来する。タイトルからするとそのうちタクシーが現れるのかな・・・。 ところがそんな気配はなく、信号が青になるとゆっくり画面が前進し始める。
 あー、そうか、タクシーの中から撮っているのか、とやっと合点がいく。

 街角で男性が合図し、乗ってくる。すると、女性の声がする。うン? 客は男性のずなのに・・・、怪訝な気持ちになる。 こんな具合で、テヘランは相乗りが普通らしい、というタクシー事情を理解するまでがまず面白い。

 次に面白いのが男女の2人の客の会話だ。男性が「自動車のタイヤ泥棒は見せしめに死刑だ」と極端なことをいう。女性が「貧しさは社会の罪だ」と反論する。
 極論を吐く男性と正論をいう女性の構図は我が家と同じ、どこも一緒だな、と可笑しくなる。


 どちらも一歩も引かぬ凄まじい舌戦が繰り広げられ、そのうち女性の職業が教師と分かると、 男性は「だから頭でっかちなんだ」といわんばかりに、自分の仕事は路上強盗だ、という。またまたプッと吹いてしまう。
 この死刑論争、ことの是非より、余裕で女性客を煙に巻いた男性客の勝ち。

 で、あんまりおとなしいので分からなかったけど、客はもう1人いた。 海賊版のレンタルビデオ業の男で、仕事柄、タクシーを運転しているパナヒ監督の顔を知っているらしい。
 先客2人が降りた後、「今のは役者なんでしょ」という。偶然、撮影現場に居合わせたと思ったらしい。

 なるほど、2人ともあんまり達者で面白すぎるから、ひょっとしてそうかな、という気もする。
 こうなると、この後の客もみんな、というか、そもそもレンタルビデオ業なる彼自身も、怪しく見えてくる。

 この映画の不思議な面白さは、まさにこの点にある。ドキュメンタリーなのか、周到に計算されたフィクションなのか、判然としなくなるのだ。

 オートバイ事故で怪我をした男とその妻は瀕死の重傷だと大騒ぎ。妻にだけ財産を残すという遺言をパナヒ監督の スマホに録音する。金魚鉢を抱えた老女2人は、正午までにアリの泉にいかないと命に関わる、と運転を急かす。

 偶然出会った監督の幼なじみは、自分を襲った強盗はどうやらピザ屋の店員らしいと語り、 監督と顔見知りの女性弁護士は、バレーボール観戦のために逮捕された女性たちを弁護して政府から停職処分を受けているけれど、意気軒昂だ。

 次々に登場するユニークな客たちの中でやや毛色が違うのが、監督が学校に迎えにゆくおしゃまな小学生の姪だ。 彼女は授業で映画製作理論を学んでいるらしく、手持ちカメラで課題の短編映画を撮影中。その姪が披露するのが国内で上映可能な映画のルールだ。

 その中に “リアリズムや暴力を避ける” というのがある。極端な暴力描写はまだ分かるとしても、リアリズムを避けるというのは驚いた。 これは、現実の綺麗なところだけを掬い取る、あるいは暗い面は捨てたり捻じ曲げることにつながりはしないか・・・。

 この懸念はそのあとの、ルール通りの映画を撮ろうとする姪と路上で盗みをする貧しい少年とのやり取りで、目の当たりに示される。 少女の達者な屁理屈に思わず苦笑させられる。
 このエピソードは体制批判の臭みがやや鼻につくけれど、全体に、穏やかなユーモアの中にイラン社会の諸相をあぶり出し、楽しめる映画になっていた。
 【◎△×】7

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