HOME50音表午後の映画室 TOP




ダメージ


1992年  イギリス/フランス  111分

監督
ルイ・マル

出演
ジェレミー・アイアンズ
ジュリエット・ビノシュ
ミランダ・リチャードソン
ルパート・グレイヴス
レスリー・キャロン

   Story
 イギリスの上流社会を舞台に、息子の恋人と不倫の恋に落ち、破滅してい男の姿を追ったラブ・サスペンス。

 下院議員のスティーヴン(ジェレミー・アイアンズ)は、ある日、フランス大使館の式典に出席し、アンナ(ジュリエット・ビノシュ)という魅力的な女性と出会う。
 彼女はスティーブンの息子マーティン(ルパート・グレイヴス)の恋人だった。

 たがいに運命的な力を感じたスティーヴンとアンナは、激しく求め合い、情事に溺れていく。
 スティーブンは妻イングリッド(ミランダ・リチャードソン)との離婚を決意するが、アンナは取り合わない。

 やがてアンナとマーティンの婚約が決まり、スティーヴンはアンナの母エリザベス(レスリー・キャロン)を昼食に招待する。 エリザベスはすべてを見抜いており、スティーヴンにアンナと別れてくれと懇願するが・・・。

 やがて思いがけぬ悲劇が訪れる・・・。


   Review
 以前、ある映画評論家の「ジュリエット・ビノシュは男を破滅させる魔性の女には見えない。ミスキャスト」というような映画評を目にしたことがある。

 『トリコロール/青の愛』(93) の彼女は硬質な透明感が印象的だったので、そんなところから出た評なのかな、とも思うけど、 アンナは心にぽっかり空いた深い穴を絶えず覗き込んでいるような、不穏な悲しみを感じさせる。ビノシュの硬質な魅力に合っている、

 そして彼女の虚無の根源は、画面に一度も姿を現わさない兄との関係にある、と久しぶりに再見してあらためて思う。 アンナと兄は、仲が良いという以上に、近親相姦に近い関係があったように思えるからだ。

 実際に性的な関係があったどうかではなく、少なくとも精神的にはそうだった、という意味で。(そして、結婚・離婚の猛者の母親は、 そうした息子と娘の異常な結びつきを察知していたような気がする。)

 アンナは兄の死後、心の穴を埋めるように、兄に似た男性との関係を繰り返してきたのだろう。マーティンとの婚約のその延長線なのだ。

 でも、いくら容貌が似ていても、兄とマーティンは本質の部分で違っている。それが、アンナをスティーヴンに近づかせた理由ではないかと思う。
 マーティンは穏健で堅実な性格だ。彼との結婚生活は安定した幸せなものになるだろう。けれど、それではアンナの心の穴は埋まらない。

 スティーヴンは政治家として順調に歩んでいるものの、自分から何かに情熱を燃やすことはなく、完璧に構築された世界を冷ややかに傍観者として生きてきた。 アンナが確信犯的にスティーヴンに近づき、誘惑したのは、彼の中に自分と共通した虚無を感じたからではないかと思う。

 アンナは失った兄を取り戻すためには、マーティとスティーヴンのどちらも手に入れる必要があったのだと思う。
 一方、スティーヴンもアンナと出会って、はじめて自分の中で激しく燃焼する「生」の実感を持ったのだろう。

 アンナの母が会食の席で、マーティンが自殺した息子にそっくり、と暴露した時、私はほんとに驚いた、なんて無分別な母親だろう、と。 でも多分、彼女はすべてを承知の上で言ったのだと思う。

 彼女はできれば娘の結婚を止めさせたかったのだ。
 帰りの車の中で、スティーヴンに身を引くよう釘を刺したのは、それが無理ならせめて平穏な結婚を、と思ったからだろう。

 でもアンナとスティーヴンはもう “魔界” という境界線を踏み越えてしまっていたのだと思う。
 こうして悲劇が起こり、スティーヴンはすべてを失う。

  彼が質素な一人暮らしの部屋で、壁に貼った大きく引き伸ばした写真を眺める場面がある。
 それは、微笑してアンナを見つめるマーティンと彼に背を向けてスティ―ヴンに寄り添うようなアンナ、 そんな2人をちょっと距離を置いた風に見ているスティーヴン、のスリーショットだ。

 3人の関係が微妙に写し取られているのが印象的だ。
 日がな一日、壁に向かい、写真を眺め暮らすスティーヴン。 傍目(はため)には抜け殻のような人生だけど、アンナとの愛は彼にとって過去の思い出ではなく、脈々と息づく「今」なのかもしれない。
  【◎△×】7

▲「上に戻る」

 

inserted by FC2 system