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ダゲール街の人々


1975年  フランス  79分
<ドキュメンタリー>

監督
アニエス・ヴァルダ

   Story
 ダゲール通りはパリ14区、モンパルナスの一角にある。
 「銀版写真」と呼ばれる写真撮影法を編み出した19世紀の発明家ダゲールの名を冠したこの通りで、アニエス・ヴ ァルダ監督は事務所を兼ねた住居で50年以上を過ごした。

 本作は『幸福(しあわせ)』(65) や『落穂拾い』(00) のヴァルダ監督が1975年に制作したドキュメンタリーで、2019年に日本初公開された。

 ダゲール通りには、金物屋、香水屋、肉屋、パン屋、自動車教習所にアコーディオン店、時計屋に食料品店、美容院にカフェ、と様々な店が並ぶ。

 この下町をこよなく愛するヴァルダは通りに住む人々にカメラを向け、さりげない日々の暮らしを映し取る。
 そして、これまでの来歴や「どんな夢を見ますか?」と質問を投げかける。


   Review
 コウモリのように黒マントを広げた男がクレジットを紹介する不思議な感じのオープニング。

 ダゲール通りはヴァルダ監督が長年住み慣れたパリ・モンパルナスの一角にある通りなのだそうだ。 1975年制作といえば日本は昭和の真っただ中。だからだろうか、通りに漂うレトロな空気は日本の昭和そのものの懐かしさだ。

 朝、金物屋はウインドウの扉を折りたたみ、隠し戸にしまい込んで開店準備をする。そのまま店の飾り戸もになる緑色の縁取りの隠し戸がお洒落だ。

 パン屋は客の好みに応じてバゲットや丸パンを選び (あれれ、コインに触った手でそのままパンに触ってるよ)、 肉屋は常連客に合わせて肉を切り分け (秤にかけて料金を決めてから、端切れを切り落としてる~)、いろいろある突っ 込みどころがすでにどこか懐かしい。

 中でも冒頭に登場し、ラストをしめる雑貨屋兼香水店の老夫婦が印象深い。
 うら寂れた店を切り盛りするのはもっぱら夫だ。妻は所在なげにただ店の中をうろうろするだけ。悲し気な表情の薄い顔は、今でいう軽い認知症かもしれない。

 母娘連れの客のコートを引っ張って見たりする。けれども客はちょっと振り返るくらいで気にもしない。妻の状態をよく承知しているのだろう。 さりげない町の人情がにじみ出る。
 夫はインタビューに答えて、出会った頃の妻は可愛くて髪が美しかったという。妻への愛がほんわり温かい。

 通りの人々が次々に、出身地やいつパリに来たか、連れ合いとの馴れ初めは、などを語る。文章にしたらほんの1,2行、ポンポン進むテンポが気持ちいい。 パリも東京と同じ地方出身者の寄り合い所帯なんだな、と親近感が湧く。

 夫婦で美容院を営む夫は、妻には一目惚れ、その時妻はまだ14歳で、兵役から帰って再会したらまた一目惚れ、と嬉しそうに語る。 2回も一目惚れしたのか、とクスッとしてしまう。

 カフェで奇術師ミスタグのショーが始まる。冒頭に登場したのは彼だったんだ・・・!
 達者な口上に乗せて繰り広げられる奇術の数々・・・、巧みな話術にいつの間にか通りの人々の暮らしが重なりあう。

 「怖い奇術だから見たくない人は目を閉じて」とミスタグ、え、どんな? とつい身を乗り出す。
 と太い包丁で腕をグサリ、血が流れる。わ、ほんとだ、怖い! そこに重なる肉を切る肉屋さんの映像。

 炎の燃える細い棒を口に入れ、ごくりと飲み込むミスタグ、そしてボワ~ッと火を吹き出す。 そこに重なるのは、燃えるかまどに生地を入れ、ポンとパンが飛び出すパン屋さん。

 手の平に隠したお札(さつ)が増えるマジックには店頭でやり取りされるお札が・・・、 頭にかぶった箱にナイフが何本も突き立てられるマジックには、金物屋さんの折りたたまれるウィンドウの扉が・・・。 映像が重なり、いつしか普通の暮らしが非日常化していく。

 なんだかとても不思議な気分・・・。アニエス・ヴァルダ監督の仕掛けたマジックが、ドキュメンタリーともファンタジーともつかぬ世界を作り出すのが楽しかった。
  【◎△×】7

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