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立ち去った女


2016年  フィリピン  228分

監督
ラヴ・ディアス

出演
チャロ・サントス=コンシオ
ジョン・ロイド・クルズ
マイケル・デ・メッサ
ノニー・ブエンカミーノ

   Story
 無実の罪で30年間服役した女性が、自分を陥れたかつての恋人に復讐しようとする姿を、3時間48分の全編モノク ロ映像で描く。ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した。

 小学校の元教師ホラシア(チャロ・サントス=コンシオ)は身に覚えのない殺人罪で30年間服役している。

 ある日同じ服役囚のペトラの告白で冤罪が晴れ、釈放される。
 ペトラは、殺人の実行犯は自分で、冤罪を企んだのはホラシアの元恋人ロドリゴ(マイケル・デ・メッサ)だと供述し、自殺したのだ。

 ロドリゴの居場所を探し出したホラシアは、彼の動向を探る中で、バロット(アヒルの卵)売りの男(ノニー・ブエンカミーノ)やホームレスのマメン、 そしてゲイのホランダ(ジョン・ロイド・クルズ)らと出会う。


   Review
 不思議な感触の映画。でも、どこがどうと説明するのはけっこう難しい。思いつくままに挙げると、まず明暗がくっきりした映像だろうか。

 昼―光が眩しいほどはじける屋外の明るさと、物も人もシルエットでしか見えない影の濃い屋内の暗さ。 夜―街灯の明かり、通過する車やバイクのライトが当たる時、突然浮き上がり、再び闇に沈む人影。
 固定カメラの長回しもあって、昼でも夜でも、動き出すまでそこに人がいることに気づかないことすらある。

 主人公ホラシアが夜、バロット (アヒルの卵) 売りに、30年前ホラシアを冤罪に陥れたロドリゴの今の様子を聞き出すシーン、 バロット売りの案内で拳銃を買いに行く昼の林のシーン、夜の高速道にうずくまってすすり泣くゲイのホランダ、などなど上げだすときりがない。

 中でも、夜道でてんかんの発作で倒れたホランダを通りかかったホラシアが介抱し、立ち去った後、ホランダが一人フラフラとその場を歩き去るシーンは印象的だ。


 街灯から外れるにつれてホランダの姿は徐々に闇に飲み込まれ、最後にハイヒールの飾りが一瞬キラリと光ると漆黒の中に消える。もう気配すらもない。

 そして映画終盤、ホラシアが夜、バロット売りの掘立て小屋で子供たちに自作の物語を話して聞かせるシーン。闇に消されて見えないけれど、激しい雨の音がする。 時折り小屋の背後を車が通り過ぎる。ライトが眩しく光る。
 と、軒から滴り落ちる雨が玉すだれのように艶やかに光る。再び暗闇、そして車が通過し、また玉すだれの雨・・・。神秘的で美しい。

 ストーリーはシンプルだ。それなのに不思議な感触が残るのは、映像だけでなく人の中にもある「明と暗」を、内包した矛盾をそのままに見つめているからだろう。 それを強く印象づけるのがホラシアとホランダの関係だ。

 ゲイのホランダはどこにいても “よそ者” だ。キリスト教は自殺を認めないから、自分で死ぬことも出来ない。路傍で野垂れ死にするのを待つような生き方をしている。

 ホランダがホラシアと一緒に「ウェストサイト物語」の挿入歌 “サムウェア” を歌うシーンがある。歌詞が何ともい えず優しい。2人を包む至福の時・・・。
 それなのに、急に「違う歌にして」とホランダはいう。あまりに胸に響き、つらくて、耐えられなくなったのだろうか。彼の孤独の深さに胸を突かれる。

 冤罪、30年の服役などホラシアの過去を知ったホランダは、そんな境遇に彼女を陥れたロドリゴを拳銃で撃ち殺す。

 そしてその理由を、「私に情けをかけてくれた唯一の人にお礼をしたくて」という。尋問室のホランダには、絶対にホラシアの名は明かさない、という開き直った凄みがある。

 しかし一方、ホラシアにとってこれはどんな意味を持ったのだろう。
 ロドリゴを殺しに行こうとしたまさにその夜、男たちに暴行されズダズダになって倒れ込んできたホランダを介護することで復讐の機会を失ったホラシア。 殺人を犯さないで済んだ、とホランダに礼をいうけれど、果たして心はロドリゴへの赦しに至ったのだろうか・・・。

 宙ぶらりんのまま、復讐も赦しも永久にその機会を失ってしまったのではないか、という思いが残る。

 ラストシーン、行方不明の息子を探すためにマニラに来たホラシアは、足元をうめ尽くした尋ね人のビラの上をぐるぐると際限なく回る。 しゃんとしていた背中がすっかり丸くなっている。
 息子はまだ見つからない。そして時はこれからも流れ続けるのだろう。ふっと虚しさとも悲しさともつかぬ感情に捉えられた。
  【◎△×】7

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