【 新作映画 2016年 】 |
Story 『ハート・ロッカー』の監督キャスリン・ビグローが製作総指揮を執ったメキシコ麻薬戦争の闇に迫る衝撃のドキ ュメンタリー。麻薬戦争の最前線の実態を映し出し、アカデミー長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた。 麻薬カルテル “テンプル騎士団” による抗争や犯罪が横行するメキシコ・ミチョアカン州。多くの一般市民も巻き込まれ命を落としている。 政府や警察は頼りにならず、町医者ホセ・ミレレスは市民たちと自警団を結成する。 彼の行動は大きなムーブメントを引き起こし、各地で彼に同調して立ち上がった人々はギャングや密売人たちを追い詰めていく。 ミレレスは自警団のリーダーとして一躍正義のヒーローとなり、組織は急速に拡大していくが、次第にコントロールを失い、思わぬ方向へ暴走じ始める・・・。 Review 先ごろ見たメキシコ麻薬戦争を扱った映画『ボーダーライン』(15) が非常に面白かった。 事態が進むほど、邦題そのままの “正” と “悪” の「境界」が曖昧になっていく様相に、驚きを止められなかった。 その実写版ともいえる本作は『ボーダーライン』を超える凄まじさ。あらためてメキシコ (さらには中南米) をおおう麻薬戦争の根深さに溜め息が出た。 舞台はメキシコ中西部のミチョアカン州。“小黄金三角地帯” と呼ばれる麻薬栽培地帯だそうだ。麻薬カルテル “テ ンプル騎士団” が支配し、暴力や抗争が絶えない。 映画冒頭、ミカジメ料を拒否した農園主一家が殺されて、その葬式の場面が出てくる。身内をふくめて15人が惨殺されている。 逆らった町民が縛り首になって吊るされている映像もある。 軍も警察も当てにならない。業を煮やした住民が武装自警団を結成し、立ち上がる。・・・と、ここまでの流れは非常によく理解できる。 リーダーは初老の町医者ミレレス。なかなかの色男で、カリスマ性がある。 各地を精力的に回っては住民に自警団参加と支援を呼びかけ、それだけでなく、実際にカルテル支配下の町を次々に奪還していく。正義の味方だ。カッコイイ。 ところがだんだん、「むむ?」と思う場面が出てくる。しょっぱな、ミレレスは自警団参加希望者に気前よく、そろいの白いTシャツと銃を支給する。 この費用はどこから出てるんだ? という疑問が脳裏をかすめる。 ミレレス率いる自警団を英雄視して迎える町もあるけれど、「帰れ!」「帰れ!」と住民が総出で排斥する町もある。ここでも、なぜだ? と不審が湧き出る。 さらに、組織が大きくなるにつれて、捕まえたカルテル・メンバーを拷問したり、家に押し入って強盗を働く自警団メンバーも出てくる。 単純に「正義の味方」といいきれない場面が次々に登場し、見ているこちらとしてははなはだ居心地が悪い。 そのうちに政府から、自警団を合法集団と認め、制服と銃を貸与する、という申し入れがくる。 ミレレスは政府の取り込みを警戒して断ろうとするけれど、副リーダーの “パパ・スマーフ” ことベルトランは嬉々としてこれを受け入れる。 こうして自警団は真っ二つに分裂する。 政府同調派 (公認されて “地方防衛軍”) には、地元マフィアの “エル・ゴルド” ことサンタナがいるし、資金確保の名目で麻薬製造に手を染め、 カメラの前で堂々と (得意げにすら見える) 語るものも出てくる。 カルテルは政府・軍・警察・産業、とあらゆるところに勢力を伸ばし、あるいは癒着していて、 自警団自体どうやら全くの市民組織ともいい切れぬ、そうした矛盾を初めからはらんだ存在らしい。 ミレレス自身、その辺りをはじめから承知しているフシもあり、カメラの前で若い美人を平気で口説く場面まで出てきて、最初の印象ほどクリーンではない。 自警団自体がカルテル化し、“正” と “悪” の境界が溶解していくさまは、とても現実とは思えない。 でもこれは劇映画ではない、ドキュメンタリーなのだ。おそらく撮影スタッフもこんな展開は予想していなかったんじゃないかと思う。 映画は、政府非同調派のミレレスが、報復を受けるように武器の不法所持の罪で投獄される場面で終わる。これがメキシコの現実なのか、とがっくり疲れてしまった。 【◎○△×】7 |