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【 新作映画 2016年 】

エルヴィス、我が心の歌


2012年  アルゼンチン  91分

監督
アルマンド・ボー

出演
ジョン・マキナニー
グリセルダ・シチリアーニ
マルガリータ・ロペス

   Story
 『BIUTIFUL ビューティフル』『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』などの脚本家アルマンド・ボーが、 アルゼンチンでエルヴィス・プレスリーのものまね歌手として活躍するジョン・マキナニーに着想を得 て書き上げた脚本を映画化。

 ボー自身がメガホンを取り、監督デビューを飾っている。また映画初出演のマキナニーが吹き替えなしの歌声を披露している。

 精密金型工場で働くカルロス(ジョン・マキナーニー)は、夜はエルヴィス・プレスリーのものまね歌手としてステージに立っている。

 自分をエルヴィスの生まれ変わりと信じるカルロスに、妻(グリセルダ・シチリアーニ)は呆れて、娘(マルガリータ・ロペス)を連れて家を出てしまった。

 ある時、カルロスはひょんなことから娘の面倒を見なければならなくなり、次第に父親としての自覚が芽生えていく。しかし彼にはどうしても叶えたい夢があった。
 エルヴィスがこの世を去ったのは42歳。その同じ年齢を迎えようとしていたカルロスは、聖地 “グレイスランド” へと向かう・・・。


   Review
 映画冒頭、仄暗い階段をカメラが登っていくにつれて、かすかなざわめきとともに聞こえ始める「ツァラトゥストラはかく語りき」の序曲。 ザワザワッと戦慄めいたものが身内を走る。
 満を持して登場するそっくりさんの「CCライダー」でもうすっかりプレスリーの世界だ。

 演じるジョン・マキナニーは (見かけはさておき) 声といい、節回しといい、音源はプレスリーで、彼は口パクかと思うほど似ている。
 しばらく彼の歌に浸っていたい気持ちになるけれど、映画はあっさり場面を切り替え、侘しい楽屋にポツンと座る彼を映し出す。「お疲れさん、 また明日」と声をかけるオーナーの覚めた声。これが主人公カルロスの現実なのだ。

 プレスリーほどそっくりさん芸人の多い歌手はいないんじゃないかと思う。そっくり芸は彼への憧れや尊敬であると同時に、生きるすべとしての仕事だ。 みな、本来の自分とは区別していると思う。


 しかし、ハーヴェイ・カイテルが演じる『グレイスランド』(98) の主人公は、自分をプレスリーだと信じていた。
 どこを取っても似ていない。それなのに言動の1つ1つはエルヴィスそのものだ。周囲もだんだん、彼はほんとにエルヴィスなのかもしれない、と思い始める。
 プレスリーには死後もそうした信仰に近い感情を信奉者に生む不思議なオーラがあるようだ。

 しかし、本作のカルロスは周囲はだれも彼をプレスリーだとは思わない。
 彼は自分をエルヴィスと呼ばせ、娘にはプレスリーの娘と同じリサ・マリーという名を付け、 別居中の妻のことはプリシラと呼ぶ。(妻が「私はプリシラじゃない」と怒るのが面白い。「冗談じゃない」という感じ。そこにはちょっと嫌悪感も交じる。)

 それでいて給料をもらう時、彼は周囲を見回し、憚るように本名をいう。まるでカルロス何某(なにがし)であるのが恥ずかしい、とでもいう風に。
 この場面で私は「あー、彼は本来の自分をなくしてしまっている・・・」ととても複雑な気分になった。

 どれほど似ていても、彼はプレスリーではない。しかし、カルロスでもないとしたら、いったい誰なんだろう、と思ったのだ。

 カルロスの現実はプレスリーとは似ても似つかぬ惨めなものだ。工場では作業が遅いと嫌味をいわれ、クラブの出演料は遅れ気味でその上値切られる。
 唯一似ているといえば家庭が崩壊しているところか・・・。

 それでも妻の入院という思わぬアクシデントから、かえって家族再生の明かりが見え始める。 カルロスは現実の幸せのを選ぶのかな・・・、と思ったけれど、彼の出した結論は違っていた。

 42歳で亡くなったプレスリー、そして間もなく42歳になるカルロス。
 「長いツアーに出る」「いつ帰るの?」「分からない」
 ・・・娘リサ・マリーとの最後のやり取りを思い出すたび胸がつまる。
 でも、グレイスランド・ツアーのバスに乗る彼はなんと嬉しそうなことか・・・。

 出発前にカルロスが幻想の中の豪華なクラブで歌う「アンチェインド・メロディ」、ラストに流れる「アメリカの祈り」の絶唱、 そしてエンドクレジットの「泣きたいほどの淋しさだ」
 ・・・ジョン・マキナニーとプレスリーがまさに一体化したような歌声だった。
  【◎△×】7

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