【 新作映画 2017年 】 |
Story マイアミの貧困地域に生きる黒人少年の成長を、少年期、青年期、大人になるまでと、3つの時代に分けて追うヒューマン・ドラマ。 アカデミー賞では作品賞を含む3冠に輝いた。 麻薬常習者の母親ポーラ(ナオミ・ハリス)と2人暮らしのシャロン(アレックス・ヒバート)は、内気で小柄 で、学校ではいじめの対象だ。 そんなシャロンにとって、同級生のケヴィンが唯一の友だちだ。 ある日、いじめられているところを麻薬ディーラーのフアン(マハーシャラ・アリ)に助けられたシャロンは、 彼とその恋人テレサ(ジャネール・モネイ)に心を開いてゆく。 高校に入るといじめはさらに悪質になる。 シャロン(アシュトン・サンダーズ)はケヴィン(ジャハール・ジェローム)に対して友情以上の感情を抱き始めていたが、大きな事件が2人を分かつ。 さらに何年かが経ち、シャロン(トレヴァンテ・ローズ)のもとにケヴィン(アンドレ・ホランド)から電話がかかり、2人は再会する・・・。 Review 映画は主人公シャロンの小学校時代、高校時代、大人になった30代前半、の3部構成になっている。 中で光るのが、第一部で同級生のいじめから逃れて空き家に隠れたシャロンが出会うフアンの存在だ。 がっしりした体格、ドアをバリバリこじ開けて入ってくる荒っぽさ。それでも怯えるシャロンにかける言葉は思いがけずやさしい。 荒廃した地域に住む弱い者の心情をよく分かっているのは、彼自身のかつての体験を窺わせる。 フアンは頑なに口を利こうとしないシャロンを家に連れて帰り、恋人のテレサに世話をしてもらう。 シャロンが黙々とテレサの用意した食事をするのを見て、「ものを食う時は口が動くんだな」というジョークにクスリ。 彼が海でシャロンに泳ぎを教えるシーンが素敵だ。 シャロンはフアンにすべてを委ねて水に浮かぶ。心身がゆっくりほどけ、静かな安らぎが漂う。 この時にシャロンは、「自分の道は自分で決めろ。周りに決めさせるな」とフアンに教えられるのだ。 シャロンがいじめに遭うのは、周囲が彼を同性愛ではないかと疑っているからだけれど、シャロンにはまだ自分のことがよく分からない。 フアンに「オカマってなに?」と聞く。 フアンはその意味を教え、いつそうだと判るの、という質問には「いつか判る」と答えた後、それでも人にオカマと呼ばせるな、という。 毅然として生きろ、というメッセージだ。 男としての生き方を教えるフアンは、シャロンにとって父のような存在だ。 それでもシャロンに「お母さんにクスリを売ったの」と聞かれて、「そうだ」と答える時のフアンの顔は見ていてとてもつらい。 ここではそれしか生きるすべはないのだ。 彼は第一部で姿を消すけれど、その面影は残り続けて、映画の芯となっているように思える。 第二部、第三部でシャロンの生き方の大きな分岐点になるのは、子供時代からの親友ケヴィンとの関わりだ。 高校時代にシャロンは自分のセクシュアリティに目覚め、ケヴィンとはじめて触れ合う。月明かりの海辺の青みがかった映像が美しい。 さらにある痛ましい事件を通して、力で自分を鎧うことを学んだシャロンは、十数年後、今は亡いフアンに同一化するように、 逞しい肉体を備えた売人として地域の顔になっている。 しかしケヴィンとの再会で、シャロンの人生の局面はさらに変わっていく。 おそらくフアンが望んで果たせなかったまっとうな道を歩み出すのではないか、という余韻を持たせて・・・。 母親の麻薬中毒と売春、それに同性愛、いじめ、とシャロンの生きる環境は過酷だけれど、映画はそれを過剰に語ることをせず、静かに寡黙な少年に寄り添い続ける。 それがかえってシャロンの心情をひたひたと浮き上がらせる。 シャロンを演じる3人の俳優は決して似ていないのに、同じ眼をしているのに驚いた。 俯向き加減で見つめるちょっと内気そうな澄んだ瞳。とくに第三部は外貌の変化が大きいけれど、彼の眼が、徐々に「まぎれもなくシャロンだ」と分からせてくれる。 人が生きるのはどんな環境でも決して楽ではないけれど、懸命に生きるシャロンへの共感が静かに胸を浸した。 【◎○△×】7 |