【 新作映画 2017年 】 |
Story 2016年10月に急逝した『灰とダイヤモンド』『鉄の男』などのポーランドの巨匠アンジェイ・ワイダ監督の遺作。 第1次大戦で片手片足を失いながらも、第2次大戦後のポーランドの前衛芸術を牽引した画家ヴワディスワフ・ス トゥシェミンスキの晩年を、重厚なタッチで描いている。 1945年、ポーランド中部の町ウッチ。 前衛的な作風で知られる画家ストゥシェミンスキ(ボグスワフ・リンダ)は、全体主義に従うことを拒んだことから、ウッチ造形大学教授職を退任に追い込まれる。 美術館からは作品が撤去され、芸術家としての名声も尊厳も踏みにじられていく。 生活は困窮を極めるが、ストゥシェミンスキは彼を慕う学生たちに支えられて、権力と戦うことを決意するのだった・・・。 Review 社会主義体制に抗い、己の信念を貫きつつも、貧窮の中に死んでいった芸術家・・・、う〜ん、ちょっと重苦しいかな、 でもアンジェイ・ワイダ監督の遺作だものね・・・、と見る前はけっこう迷ったけれど、全くの杞憂だった。 女子学生ハンナ(ゾフィア・ヴィフワチ)が草原で野外ゼミをしているストゥシェミンスキを訪ねてくる。 「教授は?」学生の1人が丘の上に佇む男性を目顔で示す。片脚片腕の松葉杖のシルエット。 ハッとする間もなく、ゴロゴロ転がりながら丘を降りてくるのには驚いた。 学生たちも笑いながら、一斉に斜面を転がり落ちる。なだらかな草原に笑いが溢れ、そんな中で起き上がった教授の講義が始まる。まるで青春映画みたいな始まりだ。 場面が変わると、ストゥシェミンスキがアパートの自室で絵の具を溶いている。混ぜ合わせて画布に落とし込もうとした時、 突然部屋が赤い色に染まる。「あ、これじゃ色の調子が分からない」と私でもすぐ思う。 スターリンの巨大な垂れ幕が下げられ、窓を覆っていたのだ。 激怒して赤い垂れ幕を切り裂いたストゥシェミンスキは警察に連行され、要注意人物と目されるようになる。 こうして冒頭2つのエピソードで、「自由 (=芸術)」と「抑圧 (=体制)」という映画のテーマがくっきりと浮かび上がる。 体制のイデオロギーに従わず、芸術家としての尊厳を貫こうとするストゥシェミンスキが、徐々に追い詰められていく様子は、坦々としているけれど、迫力がある。 大学の教職を追われるのはまだしも、美術家協会会員の資格を剥奪されて配給切符が支給されず、食料や画材を買うことが出来ない。 学生がこっそり世話してくれた仕事がプロパガンダ用の肖像描きというのが皮肉だけれど、それも協会員資格がないことがバレて、解雇されてしまうという具合だ。 暮らしは困窮を極めるけれど、そのわりに悲惨さが漂ってこないのは、ストゥシェミンスキの自己信頼が醸し出す心の巾だろうか。 彼を尊敬し慕い続ける学生たちや、表向きは体制に従いつつも彼への友情を失わない高名な詩人ユリアン(クシシュトフ・ピェチンスキ)ら、 ストゥシェミンスキを取り巻く人間関係の豊かさもある。 そうした中で印象深いのは、一人娘ニカ(ブロニスワヴァ・ザマホフスカ)だ。両親の離婚後、母と暮らしながらも、身体に障害のある父のことが心配でならない。 頻繁にやって来て父の世話を焼く。 それでも母が亡くなった時は、その遺言に従って父には知らせず、1人で母の棺に従うニカだ。 「お葬式に赤いコートだなんて」という近所の女性たちの心ない囁きに、「これしかないの」と叫びコートを裏返しにする気負った背中が哀れだ。 父に引き取られた後は、女子学生ハンナが親身に父の世話をするのを見ると、女子寮に行くといってアパートを出てしまう。 歩きながらグイッと涙をこする仕草が多感な少女らしく、いじらしい。 ニカを通して見えてくる父親としてのストゥシェミンスキが、彼の生身の人間像を膨らませたと思う。 病魔に侵され、ストゥシェミンスキはやっと見つけたマネキンの飾り付けの仕事中に倒れる。 ポーランドの一党独裁体制に抵抗し続けたワイダ監督は、芸術に殉じたストゥシェミンスキに自分自身を重ね合わせていたのかもしれない、と思った。 【◎○△×】7 |