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【 新作映画 2017年 】

セールスマン


2016年  イラン/フランス  124分

監督
アスガー・ファルハディ

出演
シャハブ・ホセイニ
タラネ・アリドゥスティ
ファリド・サッジャディホセイニ
ババク・カリミ

   Story
 平穏な日常生活が外部の侵入者により突然破壊され、人生が少しずつ狂い始める若い夫婦の姿をサスペンスフルに描いたドラマ。
 『別離』『ある過去の行方』などのアスガー・ファルハディ監督がメガホンを取り、アカデミー外国語映画賞を受賞。 米トランプ大統領の入国制限令に抗議して、授賞式をボイコットしたことでも話題になった。

 イランの首都テヘラン。国語教師エマッド(シャハブ・ホセイニ)は妻ラナ(タラネ・アリドゥスティ)と小さな劇団で活動している。

 劇作家アーサー・ミラーの戯曲「セールスマンの死」で老夫婦役を演じる2人は舞台稽古で忙しいさなか、 一足先に帰宅したラナが転居したばかりのアパートで何者かに乱暴されてしまう。

 その日を境に2人の生活は一変する。めっきり口数が減ったラナと、犯人捜しに躍起になるエマッド。2人の感情はすれ違い、夫婦仲は次第に険悪になっていく・・・。


   Review
 映画は赤いコートの娼婦がけたたましい笑い声を上げる舞台稽古のシーンで始まる。アーサー・ミラーの戯曲「セールスマンの死」の一場面だ。

 原作を読んだのは半世紀近くも前。主人公のウィリーは、高校アメフトのスター選手だった自慢の息子が今はパッとせず、 バカにしきっていた同級生が社会人として成功しているという現実が受け入れられず、いまだに過去の栄光にしがみついている・・・。
 当時高校生だった私にはストーリーの印象が強くて、娼婦の登場シーンはまったく記憶していなかった。

 「セールスマンの死」にインスパイアされて本作を撮ったというファルハディ監督が、なぜこの場面を冒頭シーンに持ってきたのかは、やがて了解される。 主人公夫婦が引っ越したアパートの前の住人が、どうやら娼婦だったらしいのだ。他の住人たちは迷惑に思い、出ていってほしいと思っていたようだ。


 娼婦役の女優は、服を着たまま裸の役を演じることを共演者に失笑されて腹を立てるけれど、それは役の上とはいえ、娼婦である自分に対する侮辱と感じたからのように思える。
 役として演じているだけなのだからそこまで反応しなくても、と思う一方で、アパートで襲われたラナの心情に思いがいく。

 ラナの心の傷は、性被害に加えて、(前の住人が引っ越したことを知らずにやって来た加害者に) 娼婦と思われたことで、さらに深くなったのではないのだろうか。

 日本でも最近まで、性犯罪の被害者は「そんなところを夜1人で歩くから」「そんな (露出の多い) 格好をしてるから」などなど、「スキがある」ことを理由に非難され、 二重のトラウマになることが多かったようだ。人に知られたくなくて、そのまま泣き寝入りするケースは多かったと思う。

 まして性タブーの強いイランなら、ラナでなくても警察に届けるのをためらうのは当然の気がする。夫のエマッド がなぜそうした妻の気持ちが分からないのか、ちょっとじれったい。

 乗り合いタクシーで同乗した女性が「身体が触れる」とエマッドを避けた時、 憤慨する同乗の男子学生を、彼が「以前厭な体験をして男性を嫌いになったのだろう」となだめるシーンがある。

 女性の微妙な心理をこれだけ理解している男性ってそうはいないと思う。それでも身近な妻の問題となると、やはり感情が先に立ってしまうのだろうか。
 ラナの気持ちを置き去りにして、犯人探しにのめり込んでいく様子は少々常軌を逸して見える。

 興味深いのは、終盤、真犯人が分かってきた時のラナの反応だ。彼女は事を荒立てず、穏便に収めようとする。
 それは序盤の警察に届けなかった時とは明らかに違う理由からに思える。

 彼女は真相を明らかにすることにより、加害者の家族が崩壊するのを食い止めたかったのではないだろうか。 そこにはこの事件で夫との間に心の齟齬が生まれ、夫婦の絆が壊れていくことの実感があったからという気がする。

 時の経過とともに静かに立ち直りの気配を見せるラナと、行き着くところまで突っ走り、真犯人の思いがけない結末にかえって深い傷を負ってしまったかに思えるエマッド。
 性という厄介で複雑な問題をテーマにしつつ、最後は男と女の違いを考えてしまう私だった。
  【◎△×】7

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