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【 新作映画 2017年 】

ローサは密告された


2016年  フィリピン  110分

監督
ブリランテ・メンドーサ

出演
ジャクリン・ホセ
フリオ・ディアス
フェリックス・ロコ
ジョマリ・アンヘレス
アンディ・アイゲンマン

   Story
 マニラのスラム街を舞台に、家計の足しに麻薬の密売も手がける雑貨屋夫婦の暮らしと、警察組織の腐敗を描いた社会派ドラマ。 ローサを演じたジャクリン・ホセはカンヌ国際映画祭で主演女優賞に輝いた。

 4人の子供を抱えたローサ(ジャクリン・ホセ)は、マニラのスラム街で小さなサリサリストアを営んでいる。

 苦しい家計をやりくりするために少量の麻薬も売っているが、ある日、警察に踏み込まれて逮捕されてしまう。

 ローサと夫(フリオ・ディアス)は「20万ペソ出せば見逃す」と言われる。
 そんな大金のないローサ夫婦は売人を密告することで見逃し料を5万にまけてもらい、 長男(フェリックス・ロコ)、次男(ジョマリ・アンヘレス)、長女(アンディ・アイゲンマン)を金策に走らせるのだが・・・。


   Review
 2016年、フィリピンにドゥテルテ大統領が登場し、麻薬・薬物関連者は超法規的な (つまり、捜査令状や逮捕状などの法的手続きなしの) 殺害を容認、 その結果、政権誕生1年あまりの間に数千人が殺された、というニュースに接した時はほんとに驚いた。

 暗黒街を舞台にしたドラマならともかく、とても現実の話とは思えない。
 中国・清末期のアヘンを持ち出すまでもなく、麻薬は人間を根本から破壊する亡国の麻薬であるのは間違いないけれど、それにしてもこれは乱暴だ。

 国際人権団体や海外メディアが抗議声明を発表し批判を続けているけれど、大統領に対する国民の支持は圧倒的だという (たしか8割を超えていたと思う)。 フィリピンって一体どういう国なんだろう、と思ったものだ。

 本作はドゥテルテ政権誕生以前の製作だそうだ。 映画を見ていて、こうした現状があるから、ドゥテルテ大統領が過激な麻薬撲滅政策を展開しても国民は彼を支持し続けるのか、と思わせられるところがある。
 それほどリアルで、まるでドキュメンタリーを見ているようだ。

 マニラのスラムでサリサリストア (雑貨屋みたいなものか) を営んでいるローサが主人公だ。

 町のスーパーで買い込んできた品物をバラバラに小分けして売る。利益を上乗せするから客にとっては割高だけど、タバコ1本でも売るから住人にとっては重宝だ。
 ローサは日用雑貨だけでなく、少量だけれどひそかに麻薬も売る。

 映画の中に “アイス” という言葉がしょっちゅう出てくる。麻薬の隠語だ。
 「ローサおばさん、アイスある?」、狭い路地を行くローサに若者が始終声をかける。彼女の店が麻薬を扱っているのは周知のことらしい。

 罪悪感や後ろめたさなんて微塵もない。近所のタバコ屋や駅の売店でガムやタバコを買う感じに近い。
 それに驚くけれど、もっとショックなのは、ローサと夫を逮捕した警察の腐敗ぶりだ。 正面玄関を通らず、裏口への通路をぐるぐる回って (つまり秘密裡に) 取調室に連れ込み、立件しないから金を出せという。

 スラムの住人にそんな大金があるはずがない。すると警察は要求額を下げ、代わりに他の売人の名を言えと迫る。 ローサもこうして警察に売られたのだ。仕方なくローサと夫も売人ジョマールを売る。密告の連鎖だ。

 上級刑事はせしめた金を署長のもとに持っていく。警察署のトップすら組織の腐敗にどっぷり浸かり甘い汁を吸っているのだ。
 こうなると、ドゥテルテ大統領の麻薬撲滅政策も、口封じのために警察が売人を殺害することにお墨付きを与えたのと同じことになる。 数千人の死者が出たというのも、ある意味、納得がいく。


 描かれる現実は底なしに暗いけれど、映画の余韻として残るのは、ローサ一家の固い結びつきだ。

 夫ネストールは仕事もせずこそこそクスリをやるようなロクデナシだけれど、ローサは彼を大切に思っている。 息子・娘たちも母ローサを信頼し、両親の保釈のために金策に走り回る。
 生きるだけが精一杯の最低の暮らしの中でもなお失われない絆が一抹の救いか・・・。

 家族を身代わりにして釈放されたローサが最後の4000ペソを調達した後、町の片隅で屋台を片付ける家族にふと目を留めるシーンが印象的だ。

 若い夫婦と幼い子供たち・・・。彼らに、今よりもずっと貧しかったけれど、平穏に健気に暮らしていた頃の自分たちが重なって見えたのだろうか。 つみれ団子を齧(かじ)りながらローサが流す一筋の涙は、感傷を排した作風だけに、一層胸に染みるものがあった。
  【◎△×】7

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