【 新作映画 2018年 】 |
Story 1950年代のロンドンを舞台に、オートクチュールの人気デザイナーと、彼に新しいミューズとして迎えられた若い ウェイトレスとのスリリングな愛の軌跡を描く。 1950年代、ロンドン。レイノルズ・ウッドコック(ダニエル・デイ=ルイス)は、英国ファッション界の中心人物として名の知れた、オートクチュールの仕立屋だ。 姉のシリル(レスリー・マンヴィル)が日常の雑事を一手に引受け、彼が仕事に集中できるように取りしきっている。 ある日ウッドコックは、休養のために別荘に行く途中立ち寄ったレストランで、ウエイトレスのアルマ(ヴィッキー・クリープス)と出会う。 新しいミューズとして迎えいれたアルマからインスピレーションを得て、ウッドコックは素晴らしい衣装を創作していくが、 彼の規則正しい生活リズムは徐々に狂っていく・・・。 Review アルマが、ウッドコックとその姉シリルと3人で朝食を取っている。 ウッドコックは例の通り、朝食のテーブルでもデザインノートを離さず、食事にはまるで興味がない。 アルマがトーストにバターを塗る。カリカリ耳障りな音にウッドコックが顔をしかめる。アルマは音を立て続ける。シリルはそんな2人の様子に我関せずの顔だ。 しかし、途中で私はふと気づいた。この音はウッドコックの耳の中で拡大されたものなんじゃないのかな、と。 アルマは別にマナーが悪い訳ではなく、普通にトーストにバターを塗って、食べているだけなのだ、と。 それでもウッドコックには思考の集中を妨げるものに思えて、神経を苛立たせる。 シリルhはそれに気づいているけれど、あえて素知らぬ顔を決め込むのは、それが一番賢明だと心得ているからだ。 映画の中盤辺りで、仕事中のウッドコックにアルマが紅茶を運んで行くシーンも同じような意味で印象的だ。 彼は「気がそれた」と不機嫌になり、紅茶を下げるようにいう。 そして「気分転換にと思って」と言い訳するアルマに、「それでも仕事が邪魔されたという事実は残る」と言い放つ。 こうしたことから浮かび上がるのは、ファッションデザインという仕事のためには、 状況すべてが自分の思いどおりに整っていないと我慢ならない専制君主のようなウッドコック像だ。 そしてシリルはそうした弟のすべてを飲み込み、彼が仕事しやすいように取り計らう。 2人にとってはウッドコックの周りに登場する女性は、彼に創作のインスピレーションを与える媒介に過ぎず、それ以上でも以下でもない。 それをよく表わすのが、ウッドコックが初めて出会ったアルマを別荘に誘い、彼女の採寸をするシーンだ。 そこに現われたシリルが手早くそれをメモに取り、アルマに「理想の身体ね」という。アルマがびっくりした顔をする。 それはそうだと思う、アルマは顔もスタイルも平凡な田舎のレストランのウェイトレスに過ぎないのだから。 しかし、もしもモデルがすべてにおいて完璧ならば、ドレスはモデルの引き立て役を果たすだけだ。 一方、ウッドコックとシリルが必要としているのは、ドレスの美しさ、素晴らしさを際立たせるための肉体だ。それがアルマだったのだ。 人を愛することを知らない男、いまだに美しかった亡母の亡霊に取り憑かれている男を、どうすれば手中に収め、思うままにできるのか・・・。これは難問だ。 しかしアルマはヒントを得る。それはウッドコックがコレクションのために仕事をしすぎて倒れた時だ。 ベッドのウッドコックは、それまでの彼が嘘のように素直で無力な赤子のようだ。そんな彼の世話を焼きながら、アルマは充足感を覚えたのではないかと思う。 そしてウッドコックもまた、病気をして母に世話された幼い頃の思い出が甘く心を潤すのを感じていたのかもしれない。 勢いでアルマと結婚し、すぐ後悔したウッドコックが、それでも妻の作る茸(きのこ)オムレツを口に含み、微笑しながらギリリと噛み、 そしてゴクリを飲み込んで見せるスリリングなくだりは、2人が危険な愛の領域に踏み込んだ共犯者であることを示している。 すべてを見通しながらあえて口出しせず、成り行きに任せるシリルの冷徹さが背後に揺らめいて、優雅で繊細でちょっと怖い、サスペンスあふれる映画だった。 【◎○△×】7 |