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【 新作映画 2019年 】

未来を乗り換えた男


2018年  ドイツ/フランス  102分

監督
クリスティアン・ペッツォルト

出演
フランツ・ロゴフスキ
パウラ・ベーア
マリアム・ザレー
ゴーデハート・ギーズ
リリエン・バッドマン
バルバラ・アウア

   Story
 ナチス・ドイツの迫害を逃れてメキシコに亡命した作家アンナ・ゼーガースの小説「トランジット」をもとに、 『東ベルリンから来た女』などのクリスティアン・ペッツォルト監督が映画化したサスペンス・ドラマ。

 元レジスタンスのゲオルク(フランツ・ロゴフスキ)は、ファシズムが吹き荒れる祖国ドイツを逃れ、パリ経由でフランス南部の港町マルセーユにたどり着く。

 途中彼は、パリのホテルで自殺した亡命作家ヴァイデルの遺品をメキシコ領事館に届けることになり、偶然の成りゆきからからヴァイデルになりすます。

 そんな時、懸命に夫の行方を捜すマリー(パウラ・ベーア)という黒いコートの女性に出会う。
 ミステリアスな姿に心惹かれるゲオルクだが、その夫こそゲオルクが成りすましているヴァイデルその人だった・・・。


   Review
 ちょっと不思議な感覚を覚える映画だ。 1つめの理由は、時代背景はファシズムが台頭し、ドイツ・ナチスが勢力を強める第2次大戦下であるのに、 舞台となるマルセーユの町やそこを行き交う人の様子は現代そのものなのだ。
 それでも、ピーポー、ピーポーとサイレンを鳴らして警察車両が走り、アパートや列車、ホテルにはゲシュタポが踏み込んで臨検する。
 戦時下の禍々しい緊張感が漂い、現代と過去が融合したような奇妙な手ざわりだ。

 2つめの理由は、まるで鬼が見つけてくれない “隠れんぼ” のように、主人公ゲオルクとマリーの間に繰り返されるすれ違い。 そのそもそもの始まりはメキシコ領事の勘違いだ。
 領事は、ホテルで自死したドイツの作家ヴァイデルの遺品を届けに来たゲオルクをヴァイデル本人と早とちりし、ビザと小切手を支給する。

 元レジスタンスのゲオルクはこれをチャンスにヴァイデルになりすまし、メキシコに亡命しようと考える。 というのも、ヴァイデルはもともと領事館の招きに応じてメキシコに亡命しようとしていたからだ。
 よもやヴァイデルの妻が、夫が今ここマルセーユに来ているはず、と必死に探し回っているなんて、ゲオルクは思 いもしない。

 ゲオルクとマリーは通過ビザの発給手続きのためにそれぞれが何度かメキシコ領事館に足を運ぶ。

 そしてマリーは夫ヴァイデル (じつはゲオルク) がマルセーユに来たことを知り、 ゲオルクはゲオルクで、マリーは “夫がマルセーユにいると思っている” ということを知るのだ。

 お互いに顔を合わせないまま、第三者を通して相手のことを知る・・・、自分をこの状況に置き換えて見るまでもなく、なんとも掴みどころがなく落ち着かない気分になる。

 さらにゲオルクは領事から、マリーは “夫は自分のことを探してはいない” と思っている、と知らされる。
 それはその通りだけれど、ゲオルクにしたら自分の行動を別人のものとして解釈されるのだ。これはこれで居心地が悪く、奇妙な感覚だ。

 こうしてすれ違いと勘違いが繰りかえされる中で、ゲオルクはふとしたことから医師のリヒャルト(ゴーデハート・ギーズ)と知り合い、 彼の恋人がヴァイデルの妻マリーであることを知る。
 ここからはゲオルクはいつマリーに真相を打ち明けるのだろう、このまま打ち明けずにいったら2人はどうなるのだろう、とハラハラ度が増してくる。

 すれ違いが起きるのはマリーとゲオルクとの間だけはない。 マリーは一度はリヒャルトと一緒にメキシコ行きの船に乗りながら、出港直前に降りてしまう。彼女と別れられないリヒャルトも慌てて下船する。

 マリーが船を降りたのは、一旦は夫ヴァイデルをパリに置き去りにし、捨てたことへの罪悪感からだ。必死に探し回るのはその罪滅ぼしなのだろう。
 ではマリーはヴァイデルを愛しているのかといえば、はっきりそうといえないフシがある。


 リヒャルトとの間で起きているのは、心のすれ違いだ。そしてそれはゲオルクに対しても同じだ。彼女を熱愛する男たちに対して、マリーはその思いに応えることなく、 どこか悲しげで、虚ろな感じさえする。

 「いつ」とはっきり特定できない時代空間、そしてマリーが漂わせる空虚感・・・、それは足元が定かでない、不確かな今の時代を表わしているかのようでもある。

 カフェの窓際の席で亡くなったはずのマリーが不意に現れるのを待つゲオルク。 夫の記憶に囚われて一歩を踏み出しかねたマリーのように、ゲオルクもマリーの面影に閉じ込められて、このまま「今」に留まるのだろうか。
 すれ違ってばかりいた2人の奇妙な共通点が皮肉に思える。

 聾唖の母と暮らす少年ドリス(リリエン・バッドマン)や犬を連れた女(バルバラ・アウア)など魅力のあるエピソードも描かれるけれど、 不法滞在と難民問題を絡めた設定がうまく効いていると思えないのが残念だった。
  【◎△×】7

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