【 新作映画 2019年 】 |
Story 東西統一後の旧東ドイツを舞台に、社会の片隅で生きる人々のささやかな幸せと悲しみを綴った人間ドラマ。 ライプチヒ近郊の巨大スーパーマーケット。 東ドイツ時代はトラック運送公社だったが、東西ドイツ統一後は企業買収されてスーパーになり、従業員はそのま ま店員として働いている。 このスーパーで夜勤仕事を得たクリスティアン(フランツ・ロゴフスキ)は、飲料部の在庫管理係として働き始める。 中年の管理部責任者ブルーノ(ペーター・クルト)は父親のような包容力で彼を包み、仕事のイロハを教えてくれる。 店長ルディ(アンドレアス・レオポルト)をはじめ、クラウス(ミヒャエル・シュペヒト)など職場の人たちはみな親切だ。 菓子部で働く年上のマリオン(ザンドラ・ヒュラー)の謎めいた魅力に惹かれたクリスティアンは、コーヒーマシーンのある休憩所で次第に彼女と親しくなっていくが・・・。 Review 30年前のベルリンの壁崩壊は今思い返しても本当に劇的な出来事だった。 若者たちが大勢壁の上によじ登って歓声を上げ、ハンマーで壁を打ち壊す様子は、その後の東ドイツの明るい展望を感じさせた。 それだけに時の経過とともに、旧東ドイツの人たちの「昔のほうがよかった」という報道に接した時ほど驚いたことはない。 東西ドイツ統一後の経済格差の中で、恩恵から取り残された人たちの声だ。 本作はライプチヒ近郊の巨大スーパーマーケットを舞台に、豊かさとは無縁の旧東ドイツの人たちを描いている。 冒頭、ゆるやかに流れる「美しき青きドナウ」をバックに浮き上がる、街路灯に蒼く照らされた高速道を列をなして走るトラックの映像が美しい。 そして天井まで届くスチール棚の間を滑るようにフォークリフトが移動する閉店後のスーパー。人の気配はなく、無機質とも思えるひんやりした光景だ。 しかし物語が始まると、空気は息を吹き返したように和らぐ。 在庫管理係の新入りクリスティアンに、店長ルディが、仕事の細かい内容は先輩ブルーノが指導してくれることや、 クリスティアンの襟元や袖口から覗いている入れ墨のことを注意する。(「ここは客商売だからね」という言い方が温かい。) 彼の落ち着いた声音から人肌のぬくもりが伝わってくる。これでまずホッとする。 年配従業員ブルーノは台車の引き方、荷物を縛る結束バンドの再利用法、フォークリフトの運転の仕方、 禁止になっているタバコを吸う方法や賞味期限切れの食べ物を捨てる際につまみ食いする方法などを伝授する。 そして、クリスティアンの (下手をすると、無愛想で生意気な奴、と思われかねない) 驚くほどの無口さにもかかわらず、「お前が気に入った。気が合う」といってくれるのだ。 クリスティアンは年上の女性従業員マリオンに恋をし、昔の不良仲間がスーパーに現れて「仲間にもどれ」と誘うのをかわし、黙々と、そして懸命に働く。 そんな彼を温かく見守る同僚従業員たち・・・。 スチール棚にぎっしりと並んだ食料品や、その棚できっちりと仕切られた通路、そこを行き来する台車やフォーク リフト・・・。 何度も映される夜の店内は整然としているだけに、そこで働く人たちの深くは干渉し合わない中でのたがいへの気遣いに、やすらぎを覚える。 クリスマスイブの夜、一人アパートの自室で「ひたすら待ち続けた。僕たちの店が開くのを」というクリスティアンの言葉が切ない。 彼にとって仕事を終えて自室に帰るのは、「翌日、“家” に戻ってくるために」眠るためだ。仕事場がクリスティアンの “家” であり、居場所なのだ。 そんなある日、思いがけない事件が起きる。ブルーノが自殺したのだ。 妻と二人暮らしに思えた彼だけれど、妻は一度も姿を見せたことがない。本当はすでに亡くなっているのではないか・・・。 だれに何も言わないまま、さまざまな喪失と痛みを抱えて、一人生きてきたブルーノ・・・。 東ドイツ時代、長距離トラック運転手だったブルーノの「仲間といつもツルンでいた。トラック時代が懐かしい」というしみじみした述懐に、 幾度となく現れる夜の高速道を走る運送トラックの列の映像が、不意に甦る。 ラストシーン、クリスティアンとマリオンは彼が教えてくれた操作法でフォークリフトを動かし、そこから聞こえてくる海の音にじっと聞き入る。 静かな波のざわめきが耳の奥でひそやかに響くのが聞こえる・・・。 地味だけれど、人のつながりの原点をあらためて教えてくれる映画だった。 【◎○△×】7 |