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【 新作映画 2019年 】

ピータールー マンチェスターの悲劇


2018年  イギリス  155分

監督
マイク・リー

出演
ロリー・キニア
マキシン・ピーク
デヴィッド・ムーアスト
カール・ジョンソン
ニール・ベル
フィリップ・ジャクソン

   Story
 200年前のイギリスで起き、イギリス民主主義の転機となった “ピータールーの虐殺” を、『ヴェラ・ドレイク』な どの名匠マイク・リー監督が映画化した歴史ドラマ。

ヨーロッパ諸国を巻き込んだナポレオン戦争は、1815年、ウォータールーの戦いを最後にようやく終結するが、イギリスでは経済状況は悪化の一途をたどっていた。
 とくに北部では、社会の貧困と政治の不平等で民衆の暮らしは追いつめられ、人々の不満は高まっていた。

 1819年、マンチェスターのセント・ピーターズ広場で、著名な活動家ヘンリー・ハント(ロリー・キニア)を招いて、大々的な集会が開かれる。
 民衆が自分たちの政治的権利を求める平和的な集会だったが、暴動を恐れた政府は銃と剣で武装した義勇兵と騎馬隊と突入させ、多数の死傷者を出す。 “ピータールーの虐殺” として語られることになった事件だ。


   Review
 TVをつけると、100万を超える人々が広場や街路を埋め尽くした香港デモを報道している。 武装警察や公安警察が暴動に備えるために (と称して) 訓練を展開する様子も。装甲車まで待機してひどく物々しい。
 数日前に観たばかりの本作のラスト、聖ピーターズ広場の虐殺シーンがイヤでも思い起こされる。

 それは貧窮にあえぎ、自分たちの声を摂政王太子に届けたい、選挙法を改めてほしい、ただそれだけのシンプルな願いで集まった民衆に向かって、 義勇農兵と騎士団がサーベルや銃剣を振りかざし突入するシーンだ。

 集会は主催者 (とくにメイン弁士として招かれたジョン・ハント) の意向で石や棒など武器になるものは所持せず、 女性や幼い子供も祭りのように着飾って参加する平和なものだった。

 にもかかわらず権力者側は、これを放置すればフランス革命の二の舞になる、という恐れから (集まった人々の6万という数の多さにも恐怖を煽られて) 強引な武力介入をし、 多数の死傷者を出す。
 数年前に起こったワーテルロー (英語読みではウォータールー) の戦いをもじって、“ピータールーの虐殺” と呼ばれる事件だ。

 映画はそのワーテルローの戦いから始まる。
 戦場に茫然と立ち尽くす若い兵士ジョセフ(デヴィッド・ムーアスト)。 辛くも生き延び、我が家に帰り着いた彼が、逞しい母(マキシン・ピーク)の腕に抱かれて声もなく号泣する。

 何も説明はないけれど、彼が戦場で体験したすべてのこと、無事家族のもと戻れた安堵、それらの万感の思いが声にならない叫びとして聞こえてくる。

 場面は変わり、国会議場では戦いに勝利を導いたウェリントン公を讃え、その功に報いるために、多額の報奨金贈与が満場一致で可決される。
 違和感で胸がざわつく。たしかにウェリントン公は優れた将軍かもしれない。けれども実際に戦場で戦い、負傷し、死んでいったのは名もなき末端の兵士たちだ。

 しかし支配者たちの視野に彼らの姿はない。背後に多くの守らなければならない家族がいることも。
 こうして映画冒頭で、支配者と民衆の視点や立場の乖離(かいり)がくっきりと浮かび上がる。

 本編に入ると、登場人物が次々に変わり、話についていくのが大変だ。
 さらに、規模の大小や開かれる場所の違いがあるものの、演説会やスピーチの場面が続く。 日本人は日常こうした議論や演説に馴れていないこともあって、表情たっぷりの雄弁口調が続くと、面食らい、かつ少々疲れてくる。


 しかし戸惑いながら、気がつけばそれらのシーンの重さと熱気がボディブロウのように利いて、時代の目撃者のような気持ちになっている。
 合間に描かれるジョセフ一家の暮らしや下層労働者を支援する地方紙(マンチェスター・オブザーバー紙)の記者たちの記事作りなど、 19世紀初めのイギリスの空間を忠実に再現した映像に引き込まれる。

 本作は特定の人物に焦点を当て深く彫り込むことをしていない。労働者たちの考えが様々なら、権力者たちの考えも様々。 あえて群像劇とすることで、ピータールー事件が起きる過程を客観的に描くことに成功したと思う。
 中でも、民衆の反政府の動きを過剰なほどに警戒し、終始抑圧しようとする内務大臣(カール・ジョンソン)や治安判事たちの描写は克明でリアルだ。

 日本で、容易に戦前の治安維持法を連想させる「共謀罪」が成立したのは、つい2年ほど前だ。きな臭い匂いが立ち始めているのを感じる。 200年前にイギリスで起きた “ピータールー事件” が今の日本と無縁とは決して言えないと思った。
  【◎△×】7

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