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【 新作映画 2020年 】

ハリエット


2019年  アメリカ  125分

監督
ケイシー・レモンズ

出演
シンシア・エリヴォ
レスリー・オドムJr.
ジョー・アルウィン
ジャネール・モネイ
ヘンリー・ハンター・ホール
ヴォンディ・カーティス=ホール

   Story
 アフリカ系アメリカ人として初めて20ドル紙幣に肖像が採用されることが決まった奴隷解放運動家ハリエット・ タブマンの激動の半生を描いたドラマ。

 1849年アメリカ、メリーランド州ドーチェスター郡。
 過酷な労働に明け暮れるブローダス農場の奴隷ミンティ(シンシア・エリヴォ)は、いつの日か自由の身となり、家族と人間らしい暮らしを送るのが唯一の願いだ。

 ある日、奴隷主のエドワードが急死し、跡継ぎのギデオン(ジョー・アルウィン)は借金返済のためにミンティを売りに出す。
 かつて姉が売られ、辛い別れを体験したミンティは、このまま遠い南部に売られたら二度と家族に会えなくなる、と逃亡を決意する。

 奴隷制が廃止されたペンシルベニア州に逃げ込んだミンティは、奴隷解放運動家ウィリアム・スティル(レスリー・オドムJr.)と出会い、 ハリエット・タブマンという新しい名前で人生の再スタートを切る。


   Review
 奴隷解放に力を尽くしたハリエット・タブマンのことは本作ではじめて知った。彼女自身が元奴隷であり、読み書きの出来ない無学な女性だったけれど、 強い意志と「的確な判断力」で自身の逃亡を成功させ、さらに一人の死者を出すこともなく、10数回にわたり70人もの奴隷を北部の自由州に導いたという。

 南北戦争が始まると黒人兵を率いて戦い、カンビー川作戦では750人もの奴隷を解放した。(映画終盤、大勢の奴隷が家畜とともに川になだれ込むシーンは圧巻。) 凄い人がいたものだと素直に感嘆させられる。

 今、「的確な判断力」と書いたけれど、その元になっているのが “神の声” であることに興味を引かれた。映画的フィクションではなく、彼女が実際に語っていることらしい。

 15世紀、ジャンヌ・ダルクも神の声に導かれてイギリス軍との戦いに勝利した。
 いたって不信心な私には “神の声” がいかなるものか想像も出来ないけれど、ハリエットの場合、彼女の持病、ナルコレプシー (睡眠発作) が大きな要因になっているようだ。 少女時代、奴隷監督が投げた鉛の分銅が当たって頭に重傷を負い、回復後に見舞われるようになった発作だ。


 ハリエットが逃亡中、突然この発作に襲われて、森の中で倒れて眠り込むシーンが何度か出てくる。この昏睡中に何かの啓示がもたらされるのだろうか。 いくらでもドラマティックにできる場面だけれど、映画は淡々と抑えた演出だ。出来るだけ史実に沿って描こうとする誠実な演出態度を感じる。

 同行する逃亡奴隷たちはさぞ心細く、困惑しただろうと思う一方で、目覚めた後の、危険を察知し、確かな先導をするハリエットにどれほど安堵し、信頼を深めたことかと思う。
 そして、その時ハリエットには常ならぬものが漲っていたのかも知れない、とも思う。

 それを象徴するような印象的なエピソードがある。 自由黒人で逃亡奴隷狩りの手先を務める情報屋ウォルター(ヘンリー・ハンター・ホール)が、樹上にひそんで、ハリエットのナルコレプシーの一部始終を目撃するのだ。
 そして彼の中である変容が起きる。

 ハリエットたちを追う奴隷主ギデオンややはり自由黒人で逃亡奴隷狩りのビガーに偽の情報を与えて、ハリエットたちの逃亡を助けるのだ。 さらに終盤では、奴隷解放組織の一員として、ハリエットの助手を務めるまでになる。


 ハリエットにしろジャンヌ・ダルクにしろ学問や知識とは無縁の人たちだ。 しかしだからこそ、科学やハイテク技術の進化の中で現代人が失ってしまった叡智を、超自然的な力の中で得ることが出来たのだろうか。 そしてそれを理屈や理論ではなく、感覚的・直感的に神との結びつきで理解したのかもしれない。
 彼女の逃亡奴隷支援が一度も失敗しなかったことが、何だか自然と納得されてくる。

 主演のシンシア・エリヴォは実力派の舞台女優とか。奴隷主の借金返済のために売りに出されたヒロインが自由を求めて逃亡し、次第に奴隷解放の意味に目覚め成長してゆくさまを、 堂々の存在感で演じきった。

 脇役も、奴隷解放組織を率いる実在のウィリアム・スティル、 表向きは奴隷制を肯定しつつ、実際は奴隷の逃亡を支援するグリーン牧師(ヴォンディ・カーティス=ホール)など、魅力的な人物が多い。

 中でも、生まれながらの自由黒人で、南部に潜入するハリエットに自由黒人としての振る舞いを教え、強い絆で結ばれるマリー・ブキャナン(ジャネール・モネイ)、 奴隷主ブローダス家の跡継ぎで、ハリエットに侮蔑と執着の愛憎二筋の複雑な感情を抱くギデオンの2人はことさら印象深かった。
  【◎△×】7

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