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【 新作映画 2020年 】

この世界に残されて


2019年  ハンガリー  88分

監督
バルナバーシュ・トート

出演
カーロイ・ハイデュク
アビゲール・セーケ
マリ・ナジ
バルナバーシュ・ホルカイ
カタリン・シムコー

   Story
 第2次世界大戦後のハンガリーを舞台に、ホロコーストを生き延びた少女と男性医師の心の交流を描いたヒューマンドラマ。

 1948年のハンガリー。ホロコーストで家族を失った16歳のクララ(アビゲール・セーケ)は、ある日、42歳の寡黙な医師アルド(カーロイ・ハイデュク)に出会う。

 一緒に暮らす大叔母オルギ(マリ・ナジ)に心を開くことが出来ずにいたクララは、父を慕うようにアルドに近づく。
 オルギの頼みで戸惑いつつも週の半分を保護者としてクララと一緒に過ごすことになったアルド。

 穏やかな日が過ぎていくが、ハンガリーはスターリン率いるソ連が権力を握り、不穏な空気に覆われ始めていた・・・。


   Review
 アルドがクララのことを「5歳にも70歳にも思える」というようなことを言う場面があって、クスッとした。「5歳」はまさに私が感じたことだったから。
 冒頭、16歳になっても初潮を見ないことを心配した大叔母オルギに連れられてアルドの診察を受けたクララは、 「お母さんも不順だった?」と聞かれて、「だった、って過去形じゃない。生きてます」と猛反発する。

 それからは、あー言えばこういう、こういえばあー言う、と5歳児レベルのへ理屈のオンパレード。 演じているアビゲール・セーケは当時20歳くらいらしい。それでこの幼児っぽさを自然に出すのだから、ほんと上手い。

 医師のアルドはそんなクララに腹も立てずに黙って受け止める。
 クララは (亡き) 両親への手紙という形で日記を書き、その中でアルドのことを「何の感情もない」と悪口を言うけれど、 そうでないことは彼の佇まいや眼の深い悲しみで分かる。

 クララだってほんとはちゃんと分かっているのだ。そして彼のまとう抑制的な静かさが不思議な温かみを持っていることも。 だから帰りを待ち受け、自宅に押しかけなどして、彼にまとわりつくのだ。


 アルドの腕には囚人番号が彫り込まれている。チラリと映った映像が彼が強制収容所の生き残りであることを物語る。 そしてクララは両親を失い幼い妹を守ってやれなかったやり場のない怒りと悲しみを抱え、それが彼女を扱いにくい少女にしている。

 2人はともにホロコーストの犠牲者なのだ。
 大叔母オルギがアルドにクララを託したのは、クララを受けとめるには老いすぎていたこともあるけれど、2人に共通の匂い (心の空虚) を感じ取ったからかもしれない。

 私が本作でもっとも強いインパクトを受けたのは、彼が外出の際にクララに残した手紙だった。
 そこにはアルバムの置き場所と、「説明を求めないでほしい」「自分はつらくて見ることができない」「帰宅したらベルを鳴らすから、 片づけてからドアを開けてほしい」と書いてある。短い文言の中に彼の只ならぬ心情が感じとれる。

 アルバムを繰ってアルドと妻の結婚写真に見入るクララ。しかし幼い2人の男の子の写真が出てきた時、クララの表情は一変する。 目から涙が溢れ、床に伏して泣きくずれるのだ。
 幼い妹と男の子が重なったのだろう、アルドの埋めようのない喪失感と諦念が一挙に押し寄せ、クララの心と一体 化したかのようだ。

 共産主義化が進むハンガリーの不穏な世相を織り込みながら、アルドとクララの疑似親子のような関係が、温かく、時にユーモラスに描かれる。
 中でもアルドの誕生日は好きなシーンだ。

 アルドの着古しの黒いカーディガンを「ボロボロ。みっともない」とけなしていたクララ。 でもそれが彼の妻の形見と知ると、大叔母オルギにそっくりのものを編んでもらい、プレゼントする。

 嬉しげに2人を両腕に抱き寄せるアルド、目を見合わせてニッコリするクララとオルギ・・・、3人を包む温(ぬく)もりがじんわり身に沁みる。

 終盤、当局の監視が自分にも及び始めたのを知ったアルドが、クララを巻き込まないために、自分と同じ境遇の女性患者エルジ(カタリン・シムコー)との再婚を考え、 クララも同年代のペペ(バルナバーシュ・ホルカイ)と交際を始める。そして3年後、それぞれが新しい一歩を踏み出しだした頃、スターリン死去の知らせが飛び込む。

 若いクララとペペは未来に希望を感じ、アルドは2人ほど楽観的に考えることは出来ずにいる。
 それでも時代はたしかに動き始めているのだ。

 序盤の「逝ってしまった人より残された者のほうが不幸」というクララの言葉はつらい。それでも残された者は生き、前へ進むしかない。
 寄り添い癒しあって、再生していく心を慎ましいタッチで描いた本作、アルドを演じるカーロイ・ハイデュクの翳りが魅力的だ。 彼の寡黙な佇まいが映画の味わいを深くしたと思う。
  【◎△×】7

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