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【 映画雑感 】No.416

ボーダーライン


2015年  アメリカ  121分

監督
ドゥニ・ヴィルヌーヴ

出演
エミリー・ブラント
ベニチオ・デル・トロ
ジョシュ・ブローリン
ダニエル・カルーヤ
ベルナルド・サラシーノ

   Story
 アメリカ・メキシコ国境の麻薬戦争の闇を、『灼熱の魂』『プリズナーズ』などのドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が描いた社会派サスペンス。
 メキシコ麻薬カルテル壊滅のために特殊チームの一員としてメキシコ国境の町に送り込まれた女性FBI捜査官が、 暴力と死が日常の現場に直面し、善悪の境が揺さぶられるさまを描く。

 エリートFBI捜査官のケイト・メイサー(エミリー・ブラント)は、 メキシコ麻薬カルテルの壊滅と最高幹部マヌエル・ディアス(ベルナルド・サラシーノ)の拘束という極秘任務を帯びた特殊部隊に抜擢される。

 ケイトは、リーダーの特別捜査官マット・グレイヴァー(ジョシュ・ブローリン)、 コンサルタントとしてチームに同行する謎のコロンビア人アレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)らと、国境を越えてメキシコの町フアレスに赴く。

 そこには人命が虫けらのように軽んじられ、暴力が日常化した、カルテルが支配する町の実態があった・・・。


   Review
 映画は麻薬カルテルによる誘拐事件を担当するFBI捜査班が、隠れ家を急襲するところから始まる。 「FBI!!」と叫びながら、男たちを率いて家屋に飛び込む捜査班のリーダーが、華奢な女性であることに虚を突かれた。それだけで尋常ならぬ緊迫感に包まれる。
 さらに、壁の中から数十体もの被害者の腐乱死体がみつかり、事件のただならなさを感じさせられる。

 FBI捜査官ケイト・メーサーは、上司に推薦されて、特別捜査官マット・グレイヴァーが率いる麻薬カルテル撲滅の特殊チームに加わる。
 マットは何故か彼女に具体的な作戦を明かそうとしない。特殊チームは国防総省所属というけれどCIAのように思えるし、 メンバーには正体不明のコロンビア人アレハンドロもいる。

 映画はケイトの視点で描かれるので、事情が分からないまま過酷な状況に投げ込まれる彼女の不安と緊張は、そのまま映画を見る私たちのそれになる。

 ケイトを含む特殊チームが、カルテルの幹部の身柄を引き取りにメキシコ・フアレスに赴くシーンが強烈だ。

 チームは武装したメキシコ警察の車に先導されて国道を移動していく。それだけで物々しい空気が画面に立ち込め、胸苦しくなるのに、 市街に入ると、なんと、裏切り者の死体が住民に対する見せしめとしていくつも高架に吊り下げられているのだ。

 渋滞した高速道では幹部を奪還しようとするカルテル一味の車を見つけると、チームは有無をいわさず銃撃を浴びせて皆殺しにする。 一歩間違えれば市民を巻き込みかねない。カルテルのやり口は残虐だけど、チームもそれに劣らぬ凄まじさだ。

 リアルな映像で描かれる “麻薬戦争” の実態に圧倒されるばかり。
 同時に本作は、ケイト、マット、アレハンドロ3人の織りなす特殊チームの人間模様も興味深いものがある。


 ケイトはこれまで法の名の下に仕事をしてきたし、それが当然と考えている。 無辜(むこ)の市民を巻き込みかねない違法なやり方に疑問を覚え、幾度も抗議するけれど、それが通らないことで強い無力感に苛まれる。

 コロンビア人アレハンドロは、私ははじめCIAの一員かと思ったけれど、徐々に意外な正体が見えてくる。
 彼はコロンビアの麻薬カルテルに雇われた殺し屋で、最近勢力を強めているメキシコのカルテルを叩くために派遣されてきたらしい。 “悪” を潰す彼自身が “悪” に属している、という構図がこの映画の複雑さを表わしている。

 さらにアレハンドロの行動の根底にはもっと深い個人的な事情もかかわっていることが分かってくると、善悪の境界が揺らいでくるのを感じる。 彼を包む虚無感に引き込まれる。ベニチオ・デル・トロの圧倒的存在感。

 アレハンドロの正体を知りながら、チームの一員に加えるマットも、したたかな男だと思う。
 麻薬カルテルの実態を知り抜いているからこそ、手段を選ばない。“悪をもって悪を制する”、これがプロということなのだろうか。

 人間とはなんと複雑で厄介な代物なのだろう・・・。
 同時に、法の下の正義と犯罪や暴力という悪の境界線はどこにあるのだろう、とバッサリ割り切ることの出来ない根源的な問いを投げかけられる思いになる。

 上空から俯瞰されるメキシコ国境地帯の荒寥と乾いた大地、特殊チームが密輸トンネルを襲撃する夜明けの空に広がる薄赤い光の美しさ、 それと交互に写される暗視スコープを通したモノクロ映像、など映像の斬新さが印象的だ。

 繰り返し挿入されるメキシコの警官一家のささやかな日常 (そこには、警官でありながらカルテルの一員でもあることから来る、得体のしれない翳りが漂う)、 ラストのサッカーを楽しむ子供たちの向こうに響く銃撃音などが、平凡な市民生活に侵入し腐食する麻薬カルテルの怖さを感じさせる。

 問題の根深さ、解決の困難さを思わずにおれなかった。
  【◎△×】7

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