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【 映画雑感 】No.420

LION/ライオン
〜25年目のただいま〜


2016年  オーストラリア  119分

監督
ガース・デイヴィス

出演
デヴ・パテル、サニー・パワール
アビシェーク・バラト
プリヤンカ・ボセ
ニコール・キッドマン
デヴィッド・ウェンハム
ルーニー・マーラー

   Story
 子供の頃に迷子になり、オーストラリアで育ったインド人の少年が、大人になって「グーグルアース」で生家を探し出し、家族と再会を果たした実話の映画化。

 インドのスラム街。5歳のサルー(サニー・パワール)は兄グドゥ(アビシェーク・バラト)の仕事についてき て、停車していた回送列車に潜り込んで眠ってしまい、遥か遠くの街コルカタ (旧カルカッタ) に運ばれる。

 大都会で放浪の末に孤児の施設に収容されたサルーは、オーストラリア人夫婦(ニコール・キッドマン、デヴィッド・ウェンハム)に養子として引き取られる。
 そして25年が経過する。

 何不自由なく育ち、友人や恋人(ルーニー・マーラー)にも恵まれ幸せな日々だが、そうであるほどサルー(デヴ・パテル)のインドの家族への思いが募り、 あの日いえなかった「ただいま」をいうために、インドの生家を捜そうと決意する。


   Review
 主人公サルーの子供時代を演じる男の子の、なんとまー、愛くるしいこと! 眼がくりっと大きくて、にっと笑った顔は水蜜桃のようだ。

 石炭車の上で肩がけした布袋にせっせと石炭を入れる。というか、盗んでるんですけどね。
 14,5歳くらいの少年が、そろそろいいか、と男の子に合図する。ゆっくりとはいえ走っている石炭車から、2人は器用に飛び降りる。 重たい布袋を両手で抱えて、男の子はお兄ちゃんと意気揚々と線路を歩く。

 この冒頭シーンで私はすっかり映画の中に引き込まれてしまった。

 この石炭を市場で売って牛乳を買う。わずか2合分にしかならないけど、立派な稼ぎだ。
 美味しそうな揚げ菓子が売られている。お兄ちゃんは、いつか買ってやる、と約束してくれる。

 牛乳は家で待っている妹たちと飲む。
 サルーがコップを差し出すと、お母さんは、私はいいからお前がお飲み、といって仕事に出ていく。父親はいないらしい。
 飢えスレスレの暮らしだけれど、家族には温かい情愛が通い、絆の強さを感じさせる。

 サルーが聡明な男の子であることは、兄とはぐれて大都会のコルカタ (旧カルカッタ) まで回送列車で運ばれてしまった後の行動によく現れている。

 浮浪児取締り (不穏な描写から漂うのは、ひょっとすると人身売買組織の浮浪児狩り? と思ったりもするけれど) からいち早く逃れ、 優しそうな若い女性に親切にされても、彼女が連れてきた男の品定めするような目に危険を察知して、隙きを見て逃げ出す。
 わずか5歳で、不安や恐怖によくも潰されなかったものだと思う。

 孤児施設に収容されたサルーを引き取って育てたオーストラリア人夫婦が愛情豊かな人たちだったのは、サルーに とってほんとうに幸いだったと思う。

 それだけに養父母への恩は、無意識のうちに、サルーの実の親・兄弟への思いを封印させてしまったのではないかと思う。
 と同時に、それが自分の中に何ともしれぬ空洞を作っていることも感じていただろうとも思う。

 25年後、友人たちとのホーム・パーティで、台所に無造作に置かれた揚げ菓子を見た時、サルーの脳裏に閃光のように兄との思い出がよみがえる様子が鮮やかだ。 揚げ菓子の匂いがツンと鼻孔に走っただろうことまでありありと伝わってくる。

 サルーが「グーグルアース」を使ってインドの故郷を探すのがいかにも現代的で面白い。
 列車に乗っていた時間、列車の速度などから移動距離を割り出し、コルカタから逆算して、おぼろな記憶を頼りに故郷を特定し、さらに生き別れになった家族を探し出す。

 ここで私が興味深く思ったのは、サルーが “ガネストレイ” と思っていた故郷の村の名が、じつは “ガネッシュ・タライ” だったことだ。 これは幼いサルーが自分の名を思い違えていたことにもつながる。
 彼の本当の名前はシェルゥ、それは “ライオン” を意味する。

 他の動物と人間の一番大きな違いは、名前によって自分が何者かを認識することではないかと思う。
 サルーは生みの家族を探し当てることで、本来の自分の名前を知った。故郷探しは彼にとって、まさに自分探しの旅でもあったのだ。


 本当の名前 ―それは映画のタイトルにつながることでもあるけれどー を知った感動は深い。

 この映画にはオーストラリア人夫婦がサルーの次に引き取るもう1人の男の子が登場する。 彼はサルーと違って悲惨な生い立ちを窺わせるところがあり、養父母の愛情にも関わらず、心に今も多くの問題を抱えている。

 さらに、最後のクレジットで明かされるサルーの兄グドゥの消息・・・。彼はサルーが迷子になった日、弟を探し回るうちに別の列車にはねられて死んでいたのだ。 愛情深かった面影が甦り、胸が潰れそうになる。

 ハッピーだけでないストーリーが、一筋縄ではない現実というもの ーその喜びや悲しみー を教えてくれて、映画に深さを生んでいると思った。
  【◎△×】7

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