【 映画雑感 】No.421 |
Story アカデミー外国語映画賞を受賞した『未来を生きる君たちへ』のスサンネ・ビア監督と脚本家アナス・トマス・イェンセンのコンビによるサスペンス・ドラマ。 突然思いも寄らぬ悲劇に見舞われた刑事の葛藤を、育児放棄や家庭内暴力などの社会 問題を絡めてスリリングに描く。 刑事アンドレアス(ニコライ・コスター=ワルドー)は、妻アナ(マリア・ボネヴィー)、生まれたばかりの息子アレキサンダーとともに幸せに暮らしている。 ある日、アンドレアスは通報を受けて、同僚シモン(ウルリク・トムセン)とあるアパートの一室に駆けつける。 そこで目撃したのは、薬物依存のカップル、トリスタン(ニコライ・リー・カース)とサネ(リッケ・メイ・アンデルセン)と、育児放棄された赤子の衝撃的な姿だった。 そんな中、ある夜、アナがアレキサンダーが息をしていないのに気づく。 半狂乱のアナを落ち着かせようと、アンドレアスはトリスタンのアパートに行って息子と彼らの赤子を取り替えてしまうのだった・・・。 Review 刑事アンドレアスは、美しい妻アナ、生まれたばかりの息子アレキサンダーとの3人暮らし、幸せな日々だ。 子煩悩で、夜泣きをする息子をなだめるために、深夜、ドライブをすることもしばしばだ。 だから、通報を受けて踏み込んだ一室のクローゼットに、汚物まみれで放置された赤子を見つけた時、激しいショックを受ける。 薬物依存の夫婦には赤子を育てる力はない、このままでは赤子はいずれ死んでしまう、それくらいなら・・・。 息子アレキサンダーが急死し、妻の錯乱に直面した時、衝動的に子供取り替えという犯罪を犯してしまうのは、 それほど赤子の置かれた状況がアンドレアスには耐えがたかったのだと思う。 しかし、アンドレアスの一見穏やかな家庭に漂う何ともしれぬ緊張感に、じつは私は戸惑っていた。 愛情深く育てられているアレキサンダーが、なぜこんなに毎晩、夜泣きをするのだろう。 時々突発的に感情を爆発させるアナ、・・・彼女の情緒不安定はいったい何なんだろう。 そもそも健康に育っているはずのアレキサンダーが、なぜ、急死したのか・・・。 こうした感覚が単なる私の思い過ごしでなかったことが判明した時の驚きは大きい。 息子の突然死の真相を知り、「あんなに毎晩泣いたのは、助けを求めるサインだったのか・・・」というアンドレアスの言葉は悲痛だ。 そして、親の愛を求め続けて心の飢餓を埋めることができなかったアナ・・・。自らが招いたこととはえ、我が子の喪失に耐えきれず自死するアナも哀れだ。 ところで1つの出来事は、それが深刻であればるほど、関わる人それぞれに波紋を及ぼし、それぞれの形で変化を起こすものだと思う。 それがストーリーのリアリティを支える。 夫トリスタンの暴力に怯えつつも離れられず、生後間もない息子ソーフスの世話もできない、DV被害者の病理をまざまざと示すサネ。 そんな彼女が洗面所に赤子の遺体を見つけた時、母性がはっきり形を取ってくるのが印象的だ。 夫は赤子の遺体を息子と疑いもしない。しかしサネはソーフスではないと主張し、息子を返して、といい続ける。 息子殺しの容疑をかけられることを恐れ、遺体を山林に埋めて狂言誘拐を装うトリスタンとは対照的だ。 アンドレアスとともにこの事件を担当する同僚刑事シモンにも変化が起き、離婚後の荒んだ暮らしを清算して真相究明に乗り出す。 アンドレアスの家で乳児 (それを彼はアレキサンダーと勘違いするのだけれど) を見て、「大きくなって、少し顔が変わったね」という。 そして真相を知った後は、「もっと早く気づいていれば・・・」と悔いる。 こうしたシモンの気遣いと支えがあったからこそ、アンドレアスは罪の償いが出来たのだと思う。 刑事を首になり、今はスーパーで働くアンドレアスがサネを見かけるエピローグに胸を衝かれた。さっぱりした服装で商品棚の前を通り過ぎるサネ。 トリスタンと別れ、荒れた暮らしから抜け出したらしい様子にほっとする。 物陰から見送るアンドレアスに、愛くるしい5、6歳の男の子が声をかける、「おじさん、迷子なの?」 ソーフスだ。 彼の眼にはそれほどアンドレアスは頼りなげに見えたのだろうか。 乳児の時ごく短い間とはいえ、心から愛し親身に世話をしてくれた人の記憶がこの幼い少年の無意識裡から立ち昇り、声をかけさせたのか・・・。 そこにアンドレアスが現実に回帰するための癒やしと救済が見える気がした。 【◎○△×】7 |