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【 映画雑感 】No.422

マンチェスター・バイ・ザ・シー


2016年  アメリカ  137分

監督
ケネス・ロナーガン

出演
ケイシー・アフレック
ミシェル・ウィリアムズ
ルーカス・ヘッジズ
C・J・ウィルソン
カイル・チャンドラー

   Story
 ある事件をきっかけに故郷を離れて暮らす男が、兄が亡くなったのを機に帰郷し、過去のトラウマと向き合う姿が描かれるヒューマン・ドラマ。
 マット・デイモンがプロデューサーを務め、『ジェシー・ジェームズの暗殺』のケイシー・アフレックが心に深い 傷を抱えた主人公を好演してアカデミー主演男優賞を獲得した。

 ボストン郊外でアパートの便利屋をしているリー(ケイシー・アフレック)は、仕事の腕はいいが、人に心を閉ざし、周囲とのかかわりを断って孤独な暮らしをしている。
 そんなある日、電話で兄ジョー(カイル・チャンドラー)の死を知らされる。

 故郷の港町マンチェスター・バイ・ザ・シーに戻ったリーは、ジョーの遺言を預かった弁護士から、 16歳になる甥のパトリック(ルーカス・ヘッジズ)の後見人に指名されていることを告げられる。

 戸惑うリー。一緒にボストンに住もうという提案はパトリックに拒絶されるが、この町に留まるには、彼にはあまりにもつらい過去があった・・・。


   Review
 劇場で予告編を見た時、マンチェスターという地名や沈んだ波止場町の光景から、イギリスを舞台にした映画とばかり思っていた。 「バイ・ザ・シー」まで全部が地名で、ボストンからわずか車で1時間半ほどの近さにある町とは思わなかった。

 冒頭、主人公リーが戸口の前で雪掻きをしている。赤い煉瓦の建物がたしかに以前観光で訪れた時、散策したボストンの住宅街そのものだ。 静かで落ち着いた佇まいが好きだった。たちまち映画に引き込まれた。

 その雪掻きの最中に、リーの携帯が鳴る。黙って聞き入るリー。短く応答して戸口に行きかけ、ふと引き返して雪に突き立てたシャベルを取る。 そうそう、私達の行動ってこうよね、と何気なさの中の自然でリアルな描写が胸にし みてくる。

 これは映画全体に亘っていえる。大仰なところは何1つないけれど、抑制された演出・演技の中から、さりげない日常の営みと沈潜した思いがにじみ出てくる。
 派手で分かりやすい結末を用意しがちなアメリカ映画に対する先入観を覆される思いだ。

 映画は、兄ジョーの急死の知らせを受けて、リーが故郷の町マンチェスター・バイ・ザ・シーに戻ってからの「現在」と、 合間に挟み込まれる「過去」を平行して描いていく。

 「過去」のリーはジョーの釣り船でまだ幼い甥のパトリックをからかったり、 帰宅すれば出産間もなくて体調がすぐれない妻ランディ(ミシェル・ウィリアムズ)にじゃれかかって叱られたり、少々いい加減だけど陽気な男だ。
 3人の幼い子供たちを愛する子煩悩な父親でもある。

 ところが「現在」のリーは、仕事の腕はいいけれど、人との関わりを極端に嫌う無愛想な男だ。 落差が大きすぎて戸惑うけれど、なぜかが判るのは映画中盤になってから。

 「過去」に、リーの過失から、ある事件が起きる。けれど、こうしたことは私達もよく体験する。外出してから 「あれ、鍵かけたかな」とか、「ガスの火、消したっけ」とか・・・。

 大抵はわざわざ戻ることはせず、「まー、大丈夫だろう」と思う。そしてじっさいその通りなのだ。 それだけに、リーに起こったことの悲惨さ、残酷さに言葉を失うほかない。

 リーは過失ということで罪には問われなかったけれど、それだけに、かえって一層、深く自分を責めたのではないかと思う。

 彼が町で偶然、元妻のランディと出くわす場面は胸がかきむしられるようだ。ランディはその後新しいパートナーを得て、子供も生まれている。 それでもあの出来事の後、「地獄のように (リーを) 責めた」ことを今も激しく悔いている。

 今もリーを愛している。リーもそれは分かっている。でも、あまりに深く傷ついた2人の心は、どうあがいても癒やしようがなく、もう元には戻れない。
 ランディを演じるミシェル・ウィリアムズの情感溢れる表情、 リーを演じるケイシー・アフレックの乳母車の赤子を見つめる瞳の抑えようもなく滲み出る苦しみと悲しみ、・・・2人の再会は胸にしみる名場面だ。

 内容は重いけれど、やさしい後味が残るのは、リーをめぐる人たち (兄のジョーやその友人ジョージ(C・J・ウィルソン) 、甥のパトリックなど) が温かく、 リーの人間関係が決して切れてしまっていないと判るからだろう。


 ジョーが徐々に心臓の機能が衰える病を持っていて、死への準備を周到にしていたことに家族を思う彼の人柄が窺える。 彼が息子パトリックの後見をリーに託したのは、それによってリーが再生することを願っていたからだろう。

 それでも、難しい年頃で叔父に反発ばかりしていたパトリックが、終盤、「この町で一緒に暮らそう」とリーにいった時、 リーは「乗り越えられない・・・つらすぎるんだ」という。これが人生の真実なのだと思う。

 淡い光に溢れた映像はリーの痛みに寄り添うように静かでやさしい。そして彼の長い孤独の終わりを予感させるほのかな明るみがある。 ラストの、リーとパトリックが並んで船の上から釣り糸を垂れる姿に、それが象徴的に表れているように思った。
  【◎△×】8

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