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【 映画雑感 】No.423

顔のないヒトラーたち


2014年  ドイツ  123分

監督
ジュリオ・リッチャレッリ

出演
アレクサンダー・フェーリング
アンドレ・シマンスキ
ヨハネス・クリシュ
ゲルト・フォス
フリーデリーケ・ベヒト

   Story
 第2次世界大戦下のナチスドイツによる罪をドイツ人自らが裁き、戦争責任に向き合う契機となったフランクフルト・アウシュヴィッツ裁判開廷までの経緯を、 事実に基づいて描いたドラマ。

 第2次世界大戦後10数年が経ち、戦争を過去のものとする空気が強まる中で、アウシュビッツの真相を究明するた めに若き検事らが生存者の証言を集め、実証を重ねていくさまを描く。

 1958年の西ドイツ・フランクフルト。西ドイツでは経済復興が進み、多くの人が戦争の記憶を過去のものとして忘れ去ろうとしていた。

 そんな中、アウシュビッツ強制収容所にいたナチスの親衛隊員が、規定に違反して教師をしていることが分かる。

 駆け出しの検事ヨハン・ラドマン(アレクサンダー・フェーリング)は新聞記者のグニルカ(アンドレ・シマンスキ)、 強制収容所を生き延びたユダヤ人のシモン(ヨハネス・クリシュ)とともに、さまざまな圧力を受けながらも、アウシュビッツで起きたことを暴いていく。


   Review
 偶然のことからアウシュビッツ強制収容所でのナチスの犯罪行為を知った若い検事ヨハン・ラドマンが、様々な妨害に遭いながらも、 検事総長フリッツ・バウアーの指揮の下、膨大な証言・証拠を集め、フランクフルト・アウシュビッツ裁判を実現させるまでの道のりを描いている。

 公開時、気になりながらも本作を見逃してしまっていた私は、その後『アイヒマンを追え!』(17) を見て、その解説で中で、 このアウシュヴィッツ裁判を主導したのがバウアーであることや、本作にも脇役として登場することを知り、あらためて見たいと思っていた。

 1950年代後半、疲弊した国力の立て直しを最優先とするアデナウアー首相の経済復興政策の中で、西ドイツではナ チスによる戦争犯罪は過去のこととして封印され、急速に風化が進んでいた。

 新聞記者グニルカが検察庁ロビーで通りかかった若い職員に次々に「アウシュビッツを知ってるか」と聞く印象的なシーンがある。

 怪訝(けげん)そうな顔の人、まるで関心のない人、・・・みな「知らない」という。 知っているけれど、そう答えるのはまずいから、というのではなく、本当に知らないらしい。
 中には「保護収容所でしょ」というのもいる。「保護じゃない」と憮然とした顔のグニルカ。

 進んでいるのは記憶の封印、風化だけではない。 ニュルンベルク裁判で罪を問われることのなかったナチ残党は警察、司法、政府中枢に入り込み、ひそかに勢力を伸ばしていた。

 ラドマンの上司、同僚が彼の捜査を制止し、収容所生き残りのシモンと新聞記者グニルカの告発に耳を貸そうとしなかったのは、 今更過去を掘り返さなくても、という風潮だけでなく、こうした再ナチ化を知っていたからだろう。

 もちろん、ラドマンを抜擢し、捜査の後押しをする検事総長バウアー(ゲルト・フォス)は十分承知している。 若い世代のラドマンがこうした事情に疎く無防備であることに、本心はハラハラしていたかもしれない。


 ドイツ人自身がアウシュビッツをはじめとする強制収容所の実態とホロコースト (大量虐殺) について知ったのは、 フランクフルト・アウシュビッツ裁判によってだったという。私にとっては意外なことだった。

 収容所周辺地域の住民は薄々察していたかもしれないけれど、それにしても、過去の犯罪を直視し、同胞を自らの手で裁くというのは非常な苦痛であり、 かつ勇気のいることだと思う。

 それについてバウアーは、「未来に進むには過去に向き合わなければならない」「父親たちには困難でも、若い世代ならできる」と『アイヒマンを追え!』の中で語っている。

 バウアーのもとで捜査に当たった検事はじっさいには3人だったという。 それを映画でラドマンという1人に集約させたのは、バウアーのこうした若い世代への期待をより明確に表現するためだったのかと思う。

 はじめは親衛隊員はすべて犯罪者というシンプルな正義感で突っ走っていた彼が、終盤、尊敬していた亡父もじつは親衛隊員だったことを知るのは、本作の要だと思う。

 恋人マレーネ(フリーデリーケ・ベヒト)の父が元親衛隊員なのを知った時、「アルコール依存症なのは過去に自分のやった行為が耐えきれないからだろう」 「軽蔑する」と言い放ったラドマン。

 その言葉が、今、そのまま自分自身に跳ね返ってくるのを、彼は受け止めなければならないのだ。

 父親たちを糾弾するだけではことは済まない。ラドマンの苦悩は、負の過去はすべての国民が負い、克服していかなければならない問題なのだといっているようだ。
 本作のこうした視線がテーマをより深いものにしたと思う。ドイツの覚悟と潔さがズシンと胸に応えた。
  【◎△×】8

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