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【 映画雑感 】No.425

三度目の殺人


2017年  日本  125分

監督
是枝 裕和

出演
福山 雅治、役所 広司
広瀬 すず、吉田 鋼太郎
満島 真之介、市川 実日子
斉藤 由貴、橋爪 功

   Story
 『そして父になる』の是枝裕和監督が再び福山雅治とタッグを組んだ法廷サスペンス。
 真実よりも裁判での勝利を重視する弁護士が、死刑が確実視されている殺人犯の弁護を引き受けたことから、 次第に真相追求の闇に落ち込んでいくさまを描く。

 エリート弁護士の重盛(福山 雅治)は、簡単に供述を変える容疑者に音を上げた同僚の摂津(吉田 鋼太郎)から、ある殺人事件を引き継ぐ。

 容疑者・三隅(役所 広司)には30年前に殺人の前科があり、今回が有罪なら死刑は確実と見られていた。

 裁判の勝ちにこだわる重盛は無期懲役に持ち込もうと調査を始める。そして、三隅と被害者の娘・咲江(広瀬 すず)との間に意外な接点があることを知る。
 そんな中、重盛を訪れた咲江は思いがけない事実を明かすのだった・・・。


   Review
 三隅が最初の殺人を犯した時、彼を逮捕した元刑事が、「空っぽの器」のよう、と三隅を評する。
 この言葉で、『ライフ・イズ・コメディ! ピーター・セラーズの愛し方』(04) で、 ジェフリー・ラッシュ演じるピーター・セラーズが自分を「中身の空っぽな容器」と評したのを思い出した。

 役者というのはもともとそんなところがあるんじゃないか、と私は思っている。 空っぽの器ならどんな液体が注がれてもぴったり形に収めることが出来る、それが才能というものなのだろう、と・・・。
 つまり、いったん自分を無にし、そこから与えられた役柄に自分を染め直していく、というか・・・。

 しかしピーター・セラーズはそうではなく、そもそも自分という実体がない、と感じていたらしい。
 これは考えたらずいぶん怖いことだ。自分がある、と無条件に信じられるからこそ、安心して他のものになること が出来るのだと思うから。

 三隅がころころ供述を変えるのは、わざとしているのではなく、彼の実体のなさの表れなんじゃないだろうか。
 誘導尋問という言葉があるけれど、三隅は誘導されるまでもなく、相手が何を期待しているかを動物的にキャッチし、それに沿うように供述する。

 裁判を撹乱するため、とか自分に有利に事を運ぶため、というのではなく、三隅自身、どれが本当なのか、自分でも分からないという感じなのだ。 ピーター・セラーズは自分のなさを自覚していたけれど、三隅にはそれすらないように見える。

 殺人という実行行為は事実として疑いようがないものの、「なぜ」という動機になると、途端にこうして「空っぽの器」というブラック・ホールに、周囲だけでなく、 三隅自身も飲み込まれていく。
 これは見ていてじつに不思議な感じだ。前述の元刑事はそうした三隅を「不気味だった」と回想するけれど、たしかにヌラヌラと捕まえどころのない気味悪さがある。

 映画は被害者の娘・咲江の意外な秘密、さらに三隅と咲江の思いがけないつながりが明らかになり、いよいよ真相は深い闇の底に沈んでいく。

 しかも、三隅はあろうことか「自分は本当は殺していない」とまで言い出す。 誰も信じてくれなかったからもういいと思っていたけれど、今度こそ本当のことをいうから「信じてくれますか」と重盛に詰め寄る。この接見シーンは凄い迫力だ。


 重盛がすぐさま「信じよう」と言えるはずはなく、といって「本当か?」と疑いをかけたら三隅との接点はプツリと切れる。そうなればもう取り返しは利かない。 沼のように底知れない三隅、がっちり真正面から受け止める重盛、2人の対決はじつに見応えがある。

 話が進むうちに、三隅が男を撲殺しガソリンをかけて火をつける、という冒頭の殺害シーンが本当のことを描いているのかどうかも怪しくなってくる。 咲江が河原で父親を殺し、それを目撃した三隅が急いで工場からガソリンを持ってきて死体に火をかけた・・・、そんな推理も成り立つ。

 どこまで行っても真相は分からない。まるで迷路にはまり込んだよう。人間という生き物の不可解さ、・・・本作が描こうとしたテーマの1つだろう。

 裁判は粛々と進み、三隅に死刑判決が下りる。
 “三度目の殺人”・・・、一度目と二度目は三隅が犯した殺人、三度目は司法が行なうそれ、ということなのだろうか。

 「裁くのはだれ」という咲江の問いに答えられない重盛が、「止まれ」と書かれた十字路で立ちすくむ姿が象徴的だ。
 “人は人を裁けるのか”、そんな重い問い (=もう1つのテーマ) が浮き上がる。

 「裁判は真相解明の場ではない」「裁判に同情や共感はいらない、友だちになるわけじゃないんだから」という重盛の言葉にドキリとする。 そして繰り返される接見シーンのただならぬ緊迫感、中でもラストの三隅と重盛の横顔が重なり合うショットの斬新さに目を奪われた。

 主役の福山雅治、役所広司がよく、同僚及び新人弁護士役の吉田鋼太郎、満島真之介も手堅い。

 そして女性の私としては、べったり依存することで娘を支配し、その時々で都合よく嘘と真実を織り交ぜ、 女の業(ごう)のしたたかさを感じさせる咲江の母・美津江を演じる斉藤由貴、 そんな大人たちをじっと見つめ、自分を失うまいとする咲江役の広瀬すずの2人も印象に残った。
  【◎△×】8

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