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【 映画雑感 】No.431

ルーム


2015年  アイルランド/カナダ  118分

監督
レニー・アブラハムソン

出演
ブリー・ラーソン
ジェイコブ・トレンブレイ
ショーン・ブリジャース
ジョーン・アレン
トム・マッカムス
ウィリアム・H・メイシー

   Story
 エマ・ドナヒューのベストセラー小説「部屋」を映画化。7年間も密室に監禁され、そこで子を生み育ててきた女性が、 5歳となった息子のために脱出を試み、その後、彼らが空白の時を埋めて社会に適応していくさまを描く。
 ブリー・ラーソンは本作でアカデミー主演女優賞を獲得した。

 5歳の男の子ジャック(ジェイコブ・トレンブレイ)は、鍵のかかった密室に母親ジョイ(ブリー・ラーソン)と暮らしている。

 生まれてから一度も外に出たことのないジャックにとって、この部屋の中が世界の全てだ。

 夜になると2人がオールド・ニック(ショーン・ブリジャース)と呼ぶ男がやってきて、暮らしに必要なものをおいていく。 彼がいる間はジャックはクローゼットの中にいなくてはいけない。
 ある日、小さな言い争いをきっかけに男の失職を知ったジョイは、密室からの脱出を決心する。


   Review
 ほの暗い部屋。台所やバス、洗面所、クローゼット、ベッドなどが備えられて、そこそこの広さがありそうだけど、なんだか息苦しい。 理由ははっきりしている。窓がないのだ。明かりは天窓から入ってくる光だけ。

 ここで若い母と暮らす5才の男の子ジャックは、母と追いかけっ子をしたり、誕生日のケーキづくりを手伝ったり、 せっかく出来上がったケーキにロウソクがないとわがままを言ったり、屈託がないけれど、そんな様子にさえなにか違和感がつきまとう。

 じつは母親ジョイは7年もこの密室に監禁され、ここで生まれたジャックはまだ1度も外に出たことがないのだ。


 彼が知っている外界といえば天窓から見える空だけ、テレビでいろんなこと見聞きしているけれど、それが本当の世界なのか作り物なのかも彼には分らない。
 何かというとすぐ、「あれはリアルなの」と母に聞くのが彼の世界観の心許なさを感じさせ、胸に迫る。

 2人を監禁し、夜になるとやってきて食料や日用品を置いていく男が半年前から失業していることを知り、ジョイはここを脱出する決心をする。 きっと2人の身が危うくなったのを感じたのだろう。

 ジャックに死んだふりをさせて、男に外に運び出させるくだりは、カーペットにぐるぐる巻きになったジャックの視点で描かれるので、 彼の不安や恐怖が直かに伝わってきてスリリングだ。

 しかし映画は、母子が脱出に成功してメデタシメデタシ、では終わらない。その後の様子を丁寧に描出し、母子の絆、男の子の心の成長に焦点を当てているのが新鮮だ。

 ジョイは見知った世界に戻ったはずなのに、失われた7年という時間の空白に苦しむ。

 両親はその間に離婚し、母(ジョーン・アレン)は新しいパートナーと暮らしている。 父(ウィリアム・H・メイシー)は娘との再会を喜びはしても、孫であるジャックを受け入れることが出来ない。

 高校時代の同級生たちがふつうの人生を送っているのもジョイにはつらい。

 さらにジャックが監禁されていた納屋を懐かしがるのが衝撃的だ。
 おぞましいとしか思えない密室も、それしか知らないジャックには、安全に守られた居心地のいい場所―母の胎内のような空間―だったのだろうか。
 一方彼にとって、外の世界は途方もなく広く、大きく、多様だ。恐れを感じるのは無理もないのだ。

 ジョイは息子ジャックを守ることに必死になる。7年間を密室で母としてのみ過ごしてきたジョイにとって、それは本能を超えた感覚なのかもしれない。 息子への思いは見ていて痛々しいほどで、焦りと苛立ちから母ナンシー (ジャックにとっては祖母) と激しくぶつかり合ったりもする。

 そんな中でナンシー、彼女のパートナー、レオ(トム・マッカムス)の落ち着いた応対ぶりに安堵させられる。 中でもレオが飼い犬をジャックに引き合わせるシーンに胸じんわり・・・。

 ジャックが心を病んで入院した母ジョイを力づけるために取った行動は印象的だ。 生まれてこのかた切ったことのない長い髪、サムソンのように力の源と信じていた髪を、祖母ナンシーに切ってもらい、ジョイに届けるのだ。


 彼の少女のような長い髪は、「母親がカルトか宗教のメンバーなんだろう」という捜査員のセリフが出てくるほど、一見、ちょっと異様だ。 それを切り、普通の男の子の外見になったのは、彼が外界に適応しはじめたことの象徴に思える。それを祖母の見守りの中で行えたことの意味は深い。

 ジャックがジョイと一緒に納屋を訪れるラストシーンに感動した。「ここってこんなに狭かったの?」 そう、彼は外界を知って大きく成長したのだ。
 馴れ親しんだ家具の1つ1つに別れを告げるジャック。過去への見事な決別だ。幼い後ろ姿が清々しくも逞しく見えた。
  【◎△×】8

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