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【 映画雑感 】No.432

アクトレス 〜女たちの舞台〜


フランス/ドイツ/スイス
2014年  124分

監督
オリヴィエ・アサイヤス

出演
ジュリエット・ビノシュ
クリステン・スチュワート
クロエ・グレース・モレッツ
ラース・アイディンガー

   Story
 出世作の再演で、かつて演じたヒロインではなく年配女性の役を依頼された大女優の葛藤を通して、流れゆく時間 の光と影を描いた人生ドラマ。

 国際的な大女優マリア・エンダース(ジュリエット・ビノシュ)は、秘書のヴァレンティン(クリステン・スチュワート)とともにチューリッヒに向かっている。

 出世作となった舞台劇「マローヤのヘビ」のヒロインに大抜擢してくれた恩人、劇作家ヴィルヘルム・メルヒオールに代わって賞を受け取るためだ。
 そこにメルヒオールの急逝の知らせが入る。

 授賞式後のパーティで、マリアは若手演出家のクラウス(ラース・アイディンガー)から「マローヤのヘビ」再演の出演オファーを受ける。
 しかしそれはヒロイン、シグリットではなく、彼女に追い詰められて自殺する中年の女性上司ヘレナの役だった・・・。


   Review
 若い頃、歳を取るのは悪くない、人生の経験を重ねてその稔りを収穫する時なのだから、という言葉を見て、老年期に豊かなイメージを持ったことがある。
 それは一面の真理だと思う半面、自分がその年令に達してまず実感するのは、「喪失」の感覚だ。

 若さと一緒に去っていくのは、気力、体力、そしてそれに伴う自信や未来に対する希望・・・。代わりにやってくるのが漠とした不安や焦りだ。
 これらをどう受け入れ、それに代わる新しい価値をどう見い出すのか、それが切実な課題だと思うようになった。豊かな老年期はその後に到達する境地なのだろう。


 本作のヒロイン、マリアは40歳。まだ中年の入り口にかかったばかりだけれど、20歳という年齢に対比させることで説得力が出た。女優という設定も効いている。

 マリアが自らの老いを自覚させられるのは、出世作となった戯曲「マローヤのヘビ」の再演に出演交渉を受けた時だ。 彼女に求められたのは、かつて演じた20歳の主人公シグリッドではなく、彼女に翻弄され自殺する40歳の女性上司ヘレナの役だったのだ。

 マリアもさすがに今の自分がシグリッドを演じる訳にいかないのは分かっている。それでもヘレナの役は心が受けつけない。 一度は断ろうとしたものの、個人秘書ヴァレンティンの勧めで受けることにしてからのマリアの葛藤が凄まじい。

 ヴァレンティン相手に役の読み込み、セリフの練習をする中で、ヘレナに対する嫌悪感が吹き出す。こんな不自然 なセリフは言えない、と反発する。
 ヴァレンティンに、かつてシグリッドを演じた時もそう思ったのか、と問われると、あの時は若かった、演じるのが精一杯、と見え透いた言い訳する。

 戯曲は主観や年齢によって見方も解釈も変わる、というヴァレンティンの的を射た指摘も、マリアは素直に受け入れることが出来ない。

 こうした中で興味深いのは、劇中のヘレナとシグリッドの関係が、現実のマリアとヴァレンティンに重なり、共振することだ。
 ヴァレンティンの演劇や演技に対する理解の深さ、俳優や役柄に対する偏見のなさ、自分の意見を恐れ気もなく大女優のマリアにぶつける大胆さ、 ・・・そうした若さが持つ「強さ」にマリアがたじろぎ、同時に依存していくさまは痛々しいほどだ。

 ヴァレンティンが、「ヘレナは死んだのではなく、姿を消しただけかも知れない」という解釈を実践するかのように忽然と姿を消すのが、 シルス・マリア渓谷でマリアの眼前に “マローヤのヘビ” が現われた時、というのが意味深に思える。
 それ以降、マリアはヴァレンティンの支えなしに、 かつての自分を見るようなシグリットを演じる新人女優ジョアン(クロエ・グレース・モレッツ)の若さと自信に対峙しなければならなくなるのだ。

 過去に自分が演じたシグリッドの再現を望むマリアに、「だから?」と冷然と問い返すジョアン。 そして「私は記憶の中をさまよってるのね。過去は断ち切らないと」と呟くマリアに、「そうすべきね。みんな次を望んでるの」と言い放つ。

 かつてマリアはヘレナを演じた女優 (の「老い」) に軽蔑を感じた。そして今、ジョアンからその蔑みを投げられる。 20年後には、今度はジョアンが今のマリアと同じ苦さを噛みしめるのだろう。

 「時」とは残酷なものだと思う。絶え間なく流れ続けて、一瞬も留まることがない。
 けれど、流れ続ける「時」はだれに対しても公平だ。ラスト、舞台で幕が上がるのを静かに待つマリア・・・。

 湧き上がった霧が渓谷をヘビのように這い進むことからそう呼ばれ、悪天候の前兆だとされる “マローヤのヘビ”。 しかし、シルス・マリア渓谷で彼女が目撃したそれは、ドラゴンのように悠然と頭を上げていた。

 蛇は何度も脱皮を繰り返しつつ成長する。マリアも今、「時」の桎梏からの脱皮を果たそうとしているのだろうか。きっぱりとした表情はそれを示しているように思える。
  【◎△×】7

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