HOME雑感 LIST午後の映画室 TOP




【 映画雑感 】No.435

判決、ふたつの希望


2017年  レバノン/フランス  113分

監督
ジアド・ドゥエイリ

出演
アデル・カラム
カメル・エル=バシャ
カミール・サラーメ
リタ・ハーエク
ディアマン・アブー・アッブード
クリスティーン・シュウェイリー

   Story
 レバノンの首都ベイルートを舞台に、町で起こったささいなトラブルが法廷沙汰へと発展し、いつしか国中を揺る がす騒動になる様子を描いた社会派ドラマ。
 人種・宗教・難民など中東社会が抱える問題を通して、侮辱や謝罪など普遍的な人間の弱さを見つめ、世界中で異例の反響を呼んだ。

 ベイルートの住宅街。
 住宅補修の現場監督を務めるヤーセル(カメル・エル=バシャ)は、バルコニーからの水漏れが原因で住人のトニー(アデル・カラム)と口論となる。
 ヤーセルの悪態がトニーの怒りを買い、トニーもまたいってはならぬ言葉をヤーセルに投げつける。

 トニーはキリスト教徒のレバノン人、ヤーセルはパレスチナ人難民だ。互いの侮辱的な言葉に尊厳を傷つけられて、2人の対立は裁判に持ちこまれる。
 両者に腕利きの弁護士がついて論戦を繰り広げ、メディアがこれを大々的に報道じたことから、事態は国論を二分する騒ぎに発展する・・・。


   Review
 レバノン映画を見るのは『キャラメル』(07) についで2本目だ。 『キャラメル』は女性の生き方を扱った普遍的なテーマだったこともあって、中東の事情を知らなくても十分楽しむことができた。

 本作も人種や宗教の問題が絡むとはいえ、些細なきっかけで始まった喧嘩が意地の張り合いでエスカレートし、たがいに引っ込みがつかなくなる、 というどこにでもよくある話だ。一言「ごめん」「悪かった」といえば済むものを、男ってなんて “困ったちゃん” なんだろ、と溜め息が出るやら可笑しいやらで、 とても面白かった。

 アパートの2階に住むトニーがベランダで花に水撒きをし、下で住宅補修工事の現場監督をしていたヤーセルにかかり、2人の間で口喧嘩が起こる。

 ヤーセルがトニーに「クズ野郎」と暴言を吐く。 上司に引っ張られて詫びにゆくけれど、トニーの「(パレスチナ人はみな) シャロンに抹殺されていればよかったんだ」という言葉に激昂し、 パンチを食らわせてトニーの肋骨を折る。
 それがきっかけで妻が早産し、腹を立てたトニーは裁判に訴える。メディアが大々的に報じたことで、事はどんど ん大きくなっていく。

 ここまででいうなら、日本人の私の感覚からすると、トニーのほうが悪い。 もともとはヤーセルは穏当な態度に出ていたのに、トニーが挑発的に応じてどんどんこじれていったのだから。

 イスラエル元首相のシャロンは対パレスチナ強硬派として知られ、国防相を務めたこともある人だ。
 パレスチナ難民のヤーセルにとって、トニーの放った一言は屈辱的で “痛切な痛みを喚起” する言葉だったのだと思う。

 一方、トニーは移民排斥をうたうキリスト教右派のレバノン人だ。
 レバノンでは1990年に内戦が終わった後も、キリスト教系とパレスチナ系の間で強い緊張関係が続いているという。 それがバイアスとなって、無意識に相手への「敵意」となってしまったのだろうか。

 最近日本ではヘイトスピーチが広がり、世界の情勢を見ても社会を「あの人たち」と「私たち」に分断して不寛容になっているのを感じる。

 他人の痛みをそのまま実感するのは難しいけれど、想像力を働かせることで共有することは出来る。それが “人間力” というものだろう。 家族・友人・社会・・・、人とつながり、共に生きるのが人間なら、これは人種や国を超えた普遍的な真実ではないかと思う。

 一方、裁判の中で、トニーが少年時代に経験した悲痛な出来事が明らかになる。その記録映像に “痛切な痛みを喚起” され、トニーはいたたまれずに退廷する。 この時トニーは自分がヤーセルに与えた痛みの重さに気づき、ヤーセルもトニーが抱える痛みを知ったのだと思う。


 2人の和解の方法がとてもいい。ヤーセルはわざとトニーを挑発して自分を一発殴らせて、それから「謝るよ」というのだ。 互いの負荷が対等になったところで詫びる。少々乱暴だけれど、しこりもわだかまりも残らないいい方法だと思う。

 女性たちがそれぞれに魅力的だ。
 トニーの身重の妻シリーン(リタ・ハーエク)は10代にしか見えない若さだけど、頭も心も中年のトニーよりよほど成熟している。 こんな騒ぎより、未熟児で生まれた我が子のほうが心配でたまらない。
 「こんな些細なことで」と夫を諌(いさ)め、トニーが「お前には些細なことでも、おれは命がけだ」と意地を張るのには笑ってしまった。

 ヤーセルの妻マナール(クリスティーン・シュウェイリー)はノルウェーへの移住を夫に勧め、 「愛人でもいるのか。移住するなら一人でしろ」といわれると、「そうよ」と軽くいなし「でも2人でね」と答える。
 2人とも事態に対する見方や考え方が、柔軟で冷静なのが印象的だ。


 控訴審を取り仕切った判事も女性だ。終始毅然とした態度がかっこいい。
 そしてヤーセルの女性弁護人ナディーン(ディアマン・アブー・アッブード)。 彼女がトニーの代理人ワジュディー(カミール・サラーメ)と父娘というのは意外な展開だった。

 父親の方は保守派の大物弁護士、娘は人権派弁護士、という違いだけでなく、2人の間には何か深刻な確執があるらしく (という印象を私は受けた)、 法廷での弁護合戦は熾烈(しれつ)を極める。
 それでも最後に娘に勝利の判決が出ると、父親の「娘よ、よくやった。お前も成長したな」とでもいうような風情が滋味深かった。

 今はわだかまりの取れたトニーとヤーセル。判決の結果などに関係のない穏やかな顔にじわっと感動が湧いた。
  【◎△×】8

▲「上に戻る」



inserted by FC2 system