HOME雑感 LIST午後の映画室 TOP




【 映画雑感 】No.436

もうひとりの息子


2012年  フランス  101分

監督
ロレーヌ・レヴィ

出演
エマニュエル・ドゥヴォス
パスカル・エルベ
ジュール・シトリュク
マハディ・ザハビ
アリーン・ウマリ
ハリファ・ナトゥール
マフムード・シャラビ

   Story
 紛争が絶えないイスラエルとパレスチナを背景に、2つの家族の間で起きた子供の取り違えを題材にした人間ドラ マ。

 イスラエル軍大佐アロン(パスカル・エルベ)と医師オリット(エマニュエル・ドゥヴォス)はイスラエルで暮らすフランス系のユダヤ人夫婦だ。

 息子ヨセフ(ジュール・シトリュク)が18歳になり、兵役のために健康診断を受けることになる。 血液検査の結果、ヨセフは夫婦の血のつながった実子ではないことが分かる。

 ヨセフが生まれた病院のミスで、イスラエル占領下のパレスチナ地区に住むアラブ人夫婦、 自動車修理工サイード(ハリファ・ナトゥール)とライラ(アリーン・ウマリ)の次男ヤシン(マハディ・ザハビ)と取り違えられていたのだ。

 事実を受け止められず父親たちは激しく動揺するが、母親たちはたがいに歩み寄ろうとする。そんな中で、当人であるヨセフとヤシンは・・・。


   Review
 子供の取り違え、これはもう考えただけで胸が痛くなる出来事だ。
 それが起こるのがイスラエルの首都テルアビブに住むユダヤ人夫婦と、イスラエル占領下のヨルダン川西岸に住むアラブ人夫婦の間でとなると、 重いテーマがいっそう重くなりそう。でも思いのほかにタッチは軽やかで、清々しい後味が残る。

 ことの始まりは、ユダヤ人シルバーグ夫婦の息子ヨセフが、兵役を前にして受けた血液検査だ。
 その結果、ヨセフは2人の実子はないことが判明する。 18年前の湾岸戦争で、当時夫婦が住んでいたハイファの病院はミサイル攻撃を恐れて赤子を避難させ、その混乱の中で取り違えが起きたのだ。

 シルバーグ夫婦がもう一方の当事者、ヤシンの両親のアラブ人アル・ベザズ夫婦と病院ではじめて顔を合わせる場 面が印象的だ。

 病院から謝罪とこれからの手続きについての説明を受ける間、両夫婦はたがいに持ち寄った写真を交換して見入る。
 これが血のつながった息子か・・・、と思う一方で、相手に渡した写真の息子も紛れもなく我が子なのだ。これはなんともいえず切ない状況だ。

 耐えきれなくなって、父親たちは途中で退室してしまうけれど、残った母親たちは語り合う。(具体的には描写されないけれど、後の様子でそれが分かる。)
 そしてその後も、母親たちは電話で連絡を取り合い、たがいに交流を持つ努力をするけれど、父親たちはなかなかそういう気持ちになれない。

 ヤシンの父サイードは妻ライラに「取り違えはなかった。忘れろ」と言い張るし、やっと実現した両家顔合わせの会食でも、ちょっとした言葉の行き違いから、 父親たちは政治・民族的問題にまで立ち入って口論を始めるという具合だ。

 手塩にかけて育てた子が我が子で、突然現われた子は我が子とは思いにくい、そんな不安や焦りで頑なに心を閉じる父親たち。 一方で、自分が育てた子も取り違えられた子も、我が子に違いなく、それをここまで育ててくれた相手への思いなど、共通の感情で結びつく母親たち。

 息子がもうひとり増える感覚の母親と、反対に、息子を失うんじゃないかと恐れる父親の対比が興味深く、同時に、女性は柔軟で強いな、とも思う。


 ところでヨセフとヤシンだけれど、取り違えを知った時の気持ちは当の本人である自分たちが一番良く知っている。 両家の会食で初めて顔を合わせた時、2人はそんな本音をじつに率直に語り合う。

 自分たちの置かれたイスラエル・パレスチナという紛争の絶えない複雑な環境に対しても、相手民族への憎しみは「全然ない」とも。 そう、若い世代はそうなのだ、と頼もしくなる。

 気軽に「彼女は?」なんて聞きあったりして、まるで2人が双生児に思えてくるほどだ。
 この後も2人はたがいに相手に対する距離を縮めていこうとする。若さっていいな・・・、彼らの行動力が清々しく、ホッとさせられる。

 医師を志すヤシンは、留学先のパリで自らの出自やアイデンティティーについて考えることも多々あったのだろう。 比較的冷静に事態を受け止めるのに対して、ヨセフは疑いもなく信じていたユダヤ人としてのアイデンティティーが揺らぎ、といって自分をアラブ人とも思えず、思い悩む。

 自分は何者なのか、自分の居場所はどこなのか・・・。そして両親に内緒で、一人でアル・ベザズ家を訪ねる。
 イスラエル占領下のパレスチナ地区に出入りするには、その都度検問所で通行許可証が検査される。
 このシーンは見ていていつも緊張感が湧き、イスラエル・パレスチナの状況を肌感覚で感じさせられる。

 (ヤシンが留守していることもあって) 一家とヨセフが囲む夕食はギクシャクした空気が重苦しいけれど、 ミュージシャンを志すヨセフが歌い出すことで変わっていくのが印象的だ。

 父サイードが楽器を弾きはじめ、取り違えが分かってから頑なにヤシンを拒否していた兄ビラル(マフムード・シャラビ)も歌い出す。
 そして、母ライラから連絡を受けたシルバーグ夫婦が検問所までヨセフを迎えにくる。

 父アロンはヨセフの頭を抱いて「お前は私の息子だ。この先何があろうと永久に」という。
 “家族” とは血のつながりと同時に、共に過ごした時間から生まれる絆もある。どちらも同じように大事なのだ、・・・そんな思いが湧いて胸が一杯になる。

 ヨセフはビラルを「兄貴だ」と父に紹介し、2人はたがいに相手の言語 (アラビア語とヘブライ語) で挨拶を交わす。 大人たちもたがいに一歩相手に近づいたのが実感されるシーンだ。

 ラストでヨセフはヤシンに心のうちで語りかける、「僕は君の人生を歩めたかも知れない。でも歩み始めたこの人生を歩む。僕の人生を歩む君も同じだ。頑張ろう」と・・・。 若い2人の前途に祝福を送りたい気持ちになった。
  【◎△×】7

▲「上に戻る」



inserted by FC2 system