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【 映画雑感 】No.438

(うち)へ帰ろう


2017年  アルゼンチン/スペイン  93分

監督
パブロ・ソラルス

出演
ミゲル・アンヘル・ソラ
アンヘラ・モリーナ
マルティン・ピロヤンスキー
ユリア・ベアホルト
オルガ・ボラズ
ナタリア・ベルベケ

   Story
 アルゼンチンに住むユダヤ人の老人が、かつて自分を救ってくれた親友との約束を果たすため、たった一人で故国ポーランドへ向かう旅を描いたロードムービー。

 アルゼンチンのブエノスアイレス。
 88歳の仕立屋アブラハム(ミゲル・アンヘル・ソラ)は、最後に仕立てたスーツを70年以上会っていないポーランドの親友に届けるために、ある夜、急に思い立って家を出る。

 その親友は、ユダヤ人のアブラハムがホロコーストから逃れた時に助けてくれた命の恩人だった。

 アブラハムはマドリッド、パリを経由して、ポーランドへ向かうが、途中、さまざまなトラブルに見舞われる。 そんな彼に出会った女性たちが手を差し伸べ、頑固一徹のアブラハムも少しずつ心を開いていく・・・。


   Review
 映画冒頭で描かれるエピソードは、頑固で変人だけどどこか憎めないアブラハムの人柄がうかがえて、クスッとしながらも引き込まれた。

 まず、明日は老人ホームに入居というその日、娘たち家族が集まっている。アブラハムは孫たちに囲まれた写真を取りたい。 というのは「俺はこんなに幸せだ」というのをホームでみんなに見せびらかしたいからだ。
 “強がり” とその裏腹の “寂しさ” が垣間見えて、可笑しくもあり、ホロリ哀れを誘われもする。

 ところが写真嫌いの孫娘が絶対に加わろうとしない。
 何とか説得しようとするアブラハムと、これをチャンスにお小遣いをせしめようとする孫娘の金額をめぐるバトルに笑わせられる。 どちらもしたたかというか、喰えないというか・・・、いい取り合わせです。

 次がその夜、“あること” を決行しようと家を抜け出したアブラハムと、タクシーの運転手とのやり取りだ。
 「お客さん、どちらまで」。アブラハム、返事をしない。何度か聞いてやっと言うのはいいけれど、「目的地はそこじゃない。 まだ先がある」という。「どこです」と運転手が聞くと、「教えない」。

 これにはもう、ほんとに笑ってしまった。
 「こんな人が身近にいたら大変だな」と思うけど、一方でどこかユーモラスだったりもする。


 で、その “あること” というのは、70年前に命を救ってくれた親友との約束を果たすことなのだ。 そのためには故国ポーランドへ行かなければならず、明日では遅い (老人ホームに入れられちゃうから)。

 といって今夜発の飛行機はスペインのマドリッド行きしかない。 そこでアブラハムはまずマドリッドに飛び、そこから列車でパリ、さらにポーランドのワルシャワに向かうことになる。 高齢で頑固で偏屈で、おまけに脚の悪いアブラハムだ。一体どんな旅になるのか心配でもあり、反面、楽しみな気持ちにもなる。

 機内では迷惑顔の隣席の若者(マルティン・ピロヤンスキー)にしつこく話しかけ、彼が別の席に移ってしまうと、シメタとばかりに隣のシートも占領し、 痛む脚を伸ばしてに横になる。
 もっとも若者もけっこう図々しくて、マドリッドの入国審査に引っかかるとアブラハムに助けを求め、窮地を脱する。 その後は、アブラハムと勘当していたマドリッド在住の末娘との仲直りに一肌脱いだりもする。

 マドリッドの安ホテルの女主人(アンヘラ・モリーナ)は毒舌すれすれの率直さ、 でも嘘のない親切でアブラハムと心を通わせる。(2人で出かけたバーで披露する歌の見事さには脱帽。)

 《ドイツ》と《ポーランド》という言葉は口にしないと決めているアブラハムが、 パリの駅案内で「ドイツを通らずにポーランドに行きたい」というのを伝えられずに悪戦苦闘している時は、 文化人類学者のドイツ人女性(ユリア・ベアホルト)が救いの手を差し伸べる。

 そして、旅の疲れと脚の病状の悪化で、ワルシャワに向かう列車の中で倒れてしまったアブラハムを介護する看護師(ナタリア・ベルベケ)は、 故郷ウッチの町を訪れる彼に同行してくれる。
 3人の女性の機知に富んだ明るさと温かさが、彼の心を柔らげていく様子が楽しく快い。


 旅の中で徐々に甦る過去の記憶・・・。悲惨なものではなく、一族の楽しい思い出であることが、かえってそれが永遠に失われてしまった痛ましさとなって迫ってくる。
 そしてホロコーストから逃れてきたアブラハムを、父親に逆らってでも救ってくれた親友ピオトレック・・・。

 かつての住まいに近づいた時、ピオトレックはもう死んでいるのではないか、あるいは他の町に越しているかもしれない、 そうでなくても自分を忘れてしまっているのではないか、・・・様々な思いが渦巻きためらうアブラハム。
 彼の弱気が可笑しくて、一方、これまで内心に隠れていた不安や緊張に触れた気がして、共感が湧く。

 登場人物たちがそれぞれ味があって旅の印象を深めているけれど、中でも主人公アブラハムを演じるミゲル・アンヘル・ソラが抜群だ。 老人の頑なさと仄かに残した男のダンディズム、旅で出会う人たちとの触れ合いを通して心がほぐれていく様子が自然体で伝わってくる。

 そしてラストに待ち受ける感動・・・。それまでピンと張っていたアブラハムの背中が、本来の老人に戻ったように少し丸くなっているのが愛おしく思えた。
  【◎△×】7

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