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【 映画雑感 】No.439

迫り来る嵐


2017年  中国  119分

監督
ドン・ユエ

出演
ドアン・イーホン
ジャン・イーイェン
トゥ・ユアン
チェン・ウェイ
チェン・チュウイー

   Story
 香港返還が近づく1990年代後半、古き良き工場文化が廃(すた)れ、経済発展へと中国社会が激変する時代を背景に、 刑事気取りで連続殺人事件の捜査にのめり込む男の姿を描いたサスペンス・ドラマ。

 1997年、中国のある小さな町。
 巨大な国営製鋼所で警備員をしているユィ・グオウェイ(ドアン・イーホン)は、近所で起きている若い女性の連続殺人事件に興味を持つ。

 “名探偵” の異名を持つユィは捜査担当のジャン警部(トゥ・ユアン)につきまとい、情報を手に入れると、部下のリウ(チェン・ウェイ)を助手に捜査にのめり込んでいく。

 ある日、恋人イェンズ(ジャン・イーェン)が犠牲者に似ていることに気づいたユィは、彼女が開業した美容院をひそかに監視し始めるが・・・。


   Review (ネタバレあり)
 連続殺人と映画は相性がいいのか、欧米はもとより、アジアでも韓国の『殺人の追憶』(03)、『チェイサー』(08)、中国の『薄氷の殺人』(14) などなど、 記憶に残る秀作が多い。
 どれもがその時代の社会背景を色濃く投影して、世相を浮かび上がらせる。

 本作は香港返還が迫り、中国が大きな時代の変換期を迎えた1990年代後半の地方都市が舞台だ。
 しのつく雨、ぬかるんだ泥道、重たげな雨合羽、煙突から吹き上がる黒煙、 ・・・どれもこれもが暗鬱な色調に塗り込められて、中国社会の先行きが見えない不安感や閉塞感がひしひしと伝わってくる。

 映画は2008年、ユィが刑期を終えて出所する場面から始まる。一体彼はどんな罪を犯して服役することになったん だろう・・・。そんな疑問がつきまとう。

 時間は一気に1997年に遡り、国営製鋼所のそばで若い女性の死体が発見される。3人目の犠牲者だ。 国営製鋼所の保安部警備員のユィは、刑事でも何でもないのに、勝手にこの事件を捜査し始める。

 ユィは工場内の窃盗犯を次々に捕まえて、模範工員の表彰をされるほどの有能な警備員だ。才能には自信があり、自分なら事件を解明できると自負している。
 前半は彼を “師匠” と呼ぶ部下リウを従えて、意気揚々と捜査するユィの姿が幾分コミカルに描かれる。

 しかし怪しい男を追走する中でリウが電線に触れて感電し、高所から落下したのが元で死んだことから、様相が変わってくる。 すぐに病院に担ぎ込めば助かったかもしれないのに、ユィが男を追うことを先にしたために、手遅れになってしまったのだ。
 それ以来、ユィの顔は沈鬱な影に覆われ、強迫的なまでに犯人捜査にのめり込むようになる。
 映画がすべてユィの主観で描かれるのが本作を解き明かす重要な要因だろう。

 とはいえ、他者の客観的な目が入る場面もないではない。
 捜査に首を突っ込むユィに、リー刑事(チェン・チュウイー)は「何様と思ってるのだ。身の程をわきまえろ」という。
 恋人(といえるほどの関係ではないけれど)イェンズが「まるで夢みたい。すべてが現実味がない」と虚ろな表情で呟いた時、ユィが「目を覚ませ」というと、 イェンズは「あなたこそ目を覚まして現実を見たら」とやり返す。


 こうした時に湧き上がるのは、舌がざらつくような何ともいえぬ違和感だ。
 工場が業績不振で大量リストラを行った時、優秀なはずのユィが首を切られるのも、考えたら変だ。

 犠牲者の女性たちとイェンズの容姿が似ていることから犯人に罠を仕掛け、容疑者らしき男を見つけ出し、・・・とユィが捜査にのめり込んでいく様子を見ながら、 じわじわこうした違和感が集積されて、高まっていく。

 そして2008年の現在にもどり、出所したユィがかつての勤め先を訪れた時に明かされる衝撃の事実・・・。
 かつて警備員が模範工員に選ばれたことはなく、そもそも1997年当時すでに不振に陥っていた製鋼所では、工員表彰自体が行われていなかったのだ。

 それではあの晴れがましいユィの表彰式は一体何だったのだろう。彼の願望が作り上げた幻影だったのだろうか・・・。 こうしてこれまでの違和感の集積がフル回転でほどかれ始める。

 ユィはおそらく際立った才能も実績もない、平凡な保安部員だったのだろう。
 しかし現実が見えない (見たくない) 彼は、同僚や部下リウの(からかい交じりの)評価・言動を “才能あふれた有能な人物” という自己像に合わせて都合よく解釈し、 振る舞ったのではないのだろうか。

 事件捜査への介入も、自分なら解決できる、自分の優秀さを証明できる絶好の機会だ・・・、そんな思いに突き動かされてのものだったのかもしれない。

 犯人と思い込んだ男への暴行で服役したユィは、さらに出所後、彼に宛てたジャン警部の手紙によってあるトラック運転手を訪ねて、 連続殺人事件の結末について意外な事実を知ることになる。こうしてユィは何とも皮肉な人生の不確かさを突きつけられるのだ。

 工場は撤去され、跡地に巨大商業施設と住宅が建設されることになり、かつての工員たちが爆破音とともに粉塵を上げて崩れていく建物を見守る。

 合理化とともに進む急激な時代の変貌に付いて行けず、自らが作り上げた仮想現実の中で自滅したユィ・・・。
 バスの窓外に降りしきる雪を茫然と眺める彼の目は、今、何を見ているのだろう。エンストを起こして前に進まないバスは、 まるで時代に置き去りにされたユイを象徴しているかのようだ。

 連続殺人映画の王道を行くかに見えた本作の思いがけない顛末(てんまつ)だった。
  【◎△×】7

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