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【 映画雑感 】No.440

グリーンブック


2018年  アメリカ  130分

監督
ピーター・ファレリー

出演
ヴィゴ・モーテンセン
マハーシャラ・アリ
リンダ・カーデリーニ
ディミテル・D・マリノフ

   Story
 人種差別が色濃く残る1960年代、黒人ピアニストと彼に雇われた白人運転手が、「グリーンブック」を手に南部での演奏ツアーをするうち、 深い友情で結ばれていく様子を実話をもとに描いたドラマ。

 「グリーンブック」とは、黒人に対する人種差別が合法だったこの時代、アメリカ南部を旅行する黒人のためのガイドブックのこと。

 1962年、ニューヨークのナイトクラブで用心棒を務めるトニー・リップ(ヴィゴ・モーテンセン)は、クラブ改修のため仕事がなくなり、バイトを探していた。

 そんな彼に、黒人ピアニスト、ドン・シャーリー(マハーシャラ・アリ)の運転手の口がかかる。ドンは南部での演奏ツアーを計画していた。 「グリーンブック」を頼りに旅立ったドンとトニー。生育も性格もまったく正反対の2人は、衝突を繰り返しながらも、少しずつ打ち解けていく・・・。


   Review
 バディものとロードムービー、アメリカ映画の無敵のジャンルが組み合わさった本作、アカデミー賞受賞も納得の後味爽快な映画だ。
 旅をする中で主人公たちが変化・成長していくのはロードムービーの定番だし、テーマの人種差別も白人の目を通して描かれていて、内容に新味はないけれど、 主人公2人を演じる俳優がよくて、味わいが深まったように思う。

 天才黒人ピアニスト、ドン・シャーリーのお抱え運転手でイタリア系白人のトニー・リップを演じるヴィゴ・モーテンセンは、役作りのために20キロほど体重を増やしたのだそう。 シャープな彼が好きな私としてはちょっと複雑な気分・・・(笑) 。
 でもガサツで陽気で (ついでに下品で) あけっぴろげなトニーの人柄に、たちまち見かけはどうでもよくなった。

 かの一流ナイトクラブ “コパカバーナ” の用心棒の彼、腕力・体力を生かして理不尽な客をつまみ出す迫力はさすが。 その上、口も達者とくるから怖いものなし (“リップ” という通称もそこから来ている)。唯一あるとすれば 「かみさん」というのがいい。


 そしてドン・シャーリーを演じるマハーシャラ・アリ。 洗練されたヨーロッパ文化の中で教育を受けたドンは、フライドチキンを食べたことも、かのチャビー・チェッカーを聞いたこともない。
 上等のスーツに身を包み、すっと背を伸ばした美しい立ち姿、どこか遠くを見つめる目は、天才ピアニストの孤高をくっきりと浮かび上がらせる。
 
 “グリーンブック” に載っていた黒人専用の安宿に泊まった時、ポーチで一人カティーサークを飲む彼を、同宿の黒人たちが怪訝そうに見るシーンがある。
 彼らの騒ぎに加わらないドンは、たしかに浮いている。当然、白人ではない、しかし黒人でもない。 そんな中途半端さ、居所のなさ、もっといえば、アイデンティティの不確かさが、彼の所在ない風情から強烈に伝わってくる。

 逆に、トニーにはアイデンティティの揺らぎはない。家族も仲間も同質の者の集まりだ。
 だからニューヨークから出なければ、イタリア人に対する偏見にも気づかないままだったかもしれない。


 仲間内では “黒ナス” と呼んだりして、黒人に差別意識を持っていたトニーだけれど、南部への旅の中で「イタ公」と呼ばれたり「半分黒人だ」といわれたりして、 差別される痛みを身をもって知る。
 同時に、それに (トニーのような暴力ではなく) 気品を持って耐えるドンへの共感が生まれていく。

 北部で上流階級相手に演奏していれば、チヤホヤされて3倍の収入があるのに、ドンはなぜ深南部へのツアーを計画したのだろう。

 それをトリオでチェロを担当するオレグ(ディミテル・D・マリノフ)は「現実に向き合う勇気」と表現するけれど、 それは “白人でも黒人でもない自分” という殻を壊し、こもった城から踏み出そうとする勇気、ということもできる。いわばドンの人間回復だ。
 そんな旅の相棒として人間臭いトニーはまさにうってつけだ。

 学のないトニーが女房ドロレス(リンダ・カーデリーニ)との約束を守って小学生みたいな手紙を書くのに笑いがこみ上げる。 それをドンがシェークスピアばりの文に手直し、それを読んだドロレスはもちろん、親戚一同が感動するのが楽しい。

 一方、ドンもトニーと一緒に黒人専用バーに繰り込み、そこのバンドと即興のセッションを繰り広げる。
 こうして2人がたがいに相手を理解し信頼していくさまが無理なく描かれる。

 ある時車が故障し、直るまでの間、ドンが農場で働く黒人たちを目の当たりにするシーンがとても印象に残った。

 彼自身、この旅で黒人として様々な屈辱的な体験をするけれど、南部での黒人が置かれている状況を目にするのは初めてだったのではないかと思う。 何ともいえぬ表情で立ち尽くすドン。

 一方、農場の黒人たちも驚いたように作業を止めて、集まってくる。上品なスーツに身を固め、高級車に乗り、白人の運転手にドアを開けさせる黒人・・・。 どちらにとっても衝撃的な出会いだっただろうと思う。

 ドロレス役のリンダ・カーデリーニ、初めて見る女優だけどすごくチャーミングだ。
 美人でしっかり者で気さくで、そして彼女は黒人に対する偏見がない。 おまけに聡明で、トニーの手紙がある時からなぜ急にロマンティックになったのか、その理由もちゃんと察している。

 クリスマスに間に合うようにツアーから帰ったトニーとドン。集まった親戚はドンを見て一瞬硬直するけれど、ドロレスはすかさず彼を抱いて「素敵な手紙をありがとう」と囁く。 クスリ、幸せな気分になるラストだった。
  【◎△×】7

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