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【 映画雑感 】No.441

幸福なラザロ


2018年  イタリア  127分

監督
アリーチェ・ロルヴァケル

出演
アドリアーノ・タルディオーロ
アルバ・ロルヴァケル
ルカ・チコヴァーニ
トンマーゾ・ラーニョ
ニコレッタ・ブラスキ

   Story
 1980年代にイタリアで実際にあった詐欺事件をモチーフに、隔絶された地に暮らす村人や純真無垢な青年を待ち受ける運命が寓話的に描かれる。 カンヌ国際映画祭コンペティション部門で脚本賞を受賞した。

 20世紀後半、イタリア中部の山岳地帯の山村。
 小作制度の廃止を侯爵夫人(ニコレッタ・ブラスキ)に隠蔽されたまま、村人たちは過酷な農奴の暮らしを強いられていた。

 疑うことを知らない純朴なラザロ(アドリアーノ・タルディオーロ)は、村人たちから軽んじられ、体よく追い使われていた。

 ある日、侯爵夫人の息子タンクレディ(ルカ・チコヴァーニ)が町から村にやってくる。
 彼は母親への反抗心から自作自演の誘拐事件を思いつき、それがきっかけで、侯爵夫人の村人たちへの労働搾取が世に暴かれ、 村人たちは住み慣れた村から出ることになるのだが・・・。


   Review
 映画のポスター写真を見た時、最初私は写っているのは若い女性だとばかり思っていた。 カメラを見ているのに、それを通り抜けて、私の背後を見ているような不思議な視線。主人公、ラザロだ。

 名前からも分かるようにれっきとした男性だ。
 でもそう言い切ってしまうのが一瞬ためらってしまうほど、性別を超えたところがある。 身体つきがぽっちゃりして、愛らしい童子を連想させるのも、性を感じさせない一因かもしれない。

 ラザロは住人わずか54人という小さな山村に住んでいる。村人たちが始終「ラザロ」「ラザロ」と呼び立てる。時には数人が同時に、ということさえある。
 彼はうるさがりもせず、彼らの言いつける仕事をこまめに丁寧に片付けていく。村の下働きで暮らしを立てている のだ。

 でもどれだけ追い使われても、彼の動きはキリキリ機敏ではなく、むしろゆっくりと着実で、決して自分のペースを崩さない。

 そのせいだろうか、絶えず「ラザロ」「ラザロ」と追い立てられているのに、不思議なほど見ていて苛立った気分にならない。彼のまとう透明感のなせる技だろうか・・・。

 本作は、タバコ農園を所有する侯爵夫人が小作制度が廃止されたにもかかわらず、それを隠して村人たちを労働させ、搾取していたという、 1980年代初頭に起きた実際の事件から発想されたのだそうだ。

 わずか3〜40年ほど前の現代にそんなことが、と驚いてしまうけれど、映画はそうした現実もさることながら、彼らを囲む自然の美しさに圧倒的される。

 広々とした原野と深い渓谷の対比、降りそそぐ陽光、通りすぎる風、そして立ちのぼる土の匂い、・・・自然と一体になった村人たちの暮らし。 ラザロの無垢な佇まいがそれらをいっそう美しく浄化するのを感じる。

 しかしそうした牧歌的なトーンは、後半に入るとがらりと変わる。
 谷底に落ちたラザロが意識を回復して見たものは、以前とは何もかも違っていたのだ。村には人影一つなく、あるのは荒れ果てた廃屋ばかり。 そして彼がたどり着いたのは工業化が進んだ殺伐とした大都会だった。

 その上、驚いたことに以前と変わらないのはラザロだけ、再会した元村人たちはみな十数年も歳を取っていたのだ。 ・・・こうして映画は色調はリアルなまま、寓話へと変わっていく。


 ここで思い起こされるのが、死後、4日目にイエスの奇跡によって復活した、新約聖書のラザロだ。
 同じ名を持つことで、村にいる時は村人たちにいいように利用されたラザロの無垢と愚直が、凡俗を超えた聖性を帯びてくる。“聖なる愚者” という言葉が思い起こされる。

 それを強く感じさせるのが町で再会した元村人アントニア(アルバ・ロルヴァケル)の一家と教会に立ち寄った時だ。 疲れ切った彼らを修道女は無慈悲に外へと追い出してしまう。教会さえ助けてくれない非情に打ちひしがれて、立ち尽くすラザロ。

 一家の最後に彼が教会を出た時、荘厳に美しく鳴り響いていたパイプオルガンから突然音が消える。
 慌てふためくオルガン奏者と修道女たちを後目(しりめ)に、音楽はたゆたうようにラザロを追い、アントニアの一家を包み込む。
 ラザロに内在された不思議な力・・・、しかし彼はそのことに無自覚だ。道端に腰を下ろし、無心に聞き入る。

 権威で人を排除する教会の人為を超えた大きなものに包まれ、すべてを受け入れる優しさに触れたラザロ・・・。 ほのかな明かりを受けて浮き上がった彼の頬に一筋の涙が流れるのを見た時、私の胸に我知らず感動がこみ上げた。


 ラザロには狼のイメージが重ねられていることも忘れることはできない。
 侯爵夫人の息子タンクレディと山に向かい、吠え声を真似て、繰り返し狼に呼びかけるラザロ。 村人に恐れられる狼だけれど、無心なラザロには彼を守る “生” の化身に映っていたのだろうか。

 たしかに、谷底に落ちたラザロに寄り添い、彼を蘇生させたのは狼だった。 そしてラザロが町で人々に無残に打ち叩かれて死んだ時、彼の魂を身に負うように、狼はひたすら山に向かって走る。
 ラザロは2度死んだ。しかし1度めは狼によって蘇り、2度めは狼そのものとなって、永遠の故郷である “山” へもどっていく・・・。

 山で暮らそうと町で暮らそうと、厳しい現実は変わらないけれど、そんな中で一条の清冽な光を見るようなラザロに心が洗われる思いがした。
  【◎△×】8

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